ひまりプロダクション(12)
文字数 1,906文字
最初の予定は映画館だ。
先日、日毬にはどんな映画が好みか確認はしたのだが、希望は何もなかった。映画自体、日毬はめったに見ないのだと言う。
俺もそれほど映画を求める方ではなく、最近になって幾つか見始めた程度だ。蒼通はさまざまな映画制作に関わっていることもあり、仕事に関係しているものを見始めたからだった。
ではなぜ映画を選んだかと言えば、俺の経験上、初デートには好ましい選択だったからだ。日毬は真面目一徹な子で、いきなり遊園地やゲームセンターに行っても緊張するに違いない。しかし映画なら会話も不要で、一緒に二時間近くを過ごしたという既成事実ができ、お互いに比較的リラックスした状態でデートに臨むことができるようになる。映画の後はレストランで食事を楽しむのもいいし、公園を散歩しながら今しがた見た映画をキッカケに会話するのもいいし、デパートで買い物するのもいいだろう。とにかく、デートの入り口としては優れたものに違いなかった。会話のキッカケになる題材ができることが大きい。
選んだ映画は最も無難なものだった。
蒼通も制作に関わっている映画で、売れている小説を原作にしたものらしい。テレビでは頻繁にCMが流され、最近の邦画のなかでは最も興行的に上手くいっている映画だ。
ストーリーはこうだ。
偶然、同じ人間を同じ日に殺害しようと試みた男女がいて、二人の別々の罠が見事に発動しターゲットは死亡。それをキッカケにして男女は出会い、二人で逃亡を続ける最中に恋に落ち、逃亡の果てに寂しい教会で二人だけの結婚式を挙げたというストーリーだった。
こういうと重厚な映画っぽく聞こえるのだが、男女が相手を殺そうとした理由が最後まで不明だった。小説では少しだけ触れられているらしいのだが、明確になっているのかと問われれば、決してそうでもないらしい。文学にはありがちなパターンである。
映画を見終わり、手を繫いで映画館を出るとすぐ、日毬は不思議そうな面持ちで俺を見上げてくる。
「あのカップル、どうして相手を憎んで殺そうとしたんだ?」
日毬も同じ疑問を持ったらしい。
俺は肩をすくめる。
「さあな。そこは想像で補えってことじゃないか?」
「そこが明かされない限り釈然 としないぞ。警察に追われながらの逃亡は面白かったが、だからどうしたと言えなくもない。追われるのは当たり前ではないか」
日毬の手を引きながら、俺は次の予定の場所へと足を進めた。お互い昼食はまだだ。レストランを予約してある。
すでに日毬には、俺が手を握っても、映画館にやってきたときのような恥じらいはなくなってくれたようだ。慣れてくれたのだろう。
「まぁそうだな……日常生活では、誰にだって憎い相手がいるだろう。だからカップルが殺したヤツは、自分が憎んでいる相手だと設定して見たらどうだ? そうやって自分の現実と重ね合わせれば、なかなか面白くなりそうな題材だと思ったぞ。だからこそヒットに繫がったんだろうな」
俺はそう答えた。
もしかすると、給料の支払いがたった一日遅れただけでぶち切れた男が経営者を殺害したのかもしれないが……その辺の設定は、個々人が最もしっくりくるように工夫して映画に臨むしかないだろう。
俺の話に、日毬はいささか不意を喰らったようだ。
「映画とは、そこまで読み込んで見学せねばならないものなのか……?」
「そういう映画もあるし、正義と悪がわかりやすく設定されている映画もある。この映画は最初から宣伝優先で創ってたから、そんなに深いことまで考えて創ったのかどうかはわからないけどさ。いちおう原作の小説に忠実らしいぞ」
「ふむ。颯斗の言う通りにして考えてみると……私が殺した相手は日本の現行政府ということだ。そして残存勢力に追われる私は、ついに敵の追跡を振り切り、バッサバッサと切り倒し、新政権を樹立したというストーリーになるのだろう」
かなり無理やりな設定に、俺は思わず声を上げて笑ってしまった。
「なっ!? 無礼者! 私は真剣に言ったのだぞ!?」
日毬は立腹し始め、俺を睨み上げてきた。日毬が握る手には強く力が籠もる。よほど興奮しているようだ。
「すまんすまん……。フフ……いや、なんつーか、日毬らしいと思ってさ……フフ、ははは」
笑いを抑えようとするほどに、ついつい笑みがこぼれてしまう。日毬の情熱的な様子を見ると、なんだか可愛らしくて余計にだ。
「いくら颯斗でも許さんぞ。何がおかしいというのだ!」
それから日毬と映画の話題で盛り上がりながら(?)、ゆっくりレストランへと向かったのだった。
先日、日毬にはどんな映画が好みか確認はしたのだが、希望は何もなかった。映画自体、日毬はめったに見ないのだと言う。
俺もそれほど映画を求める方ではなく、最近になって幾つか見始めた程度だ。蒼通はさまざまな映画制作に関わっていることもあり、仕事に関係しているものを見始めたからだった。
ではなぜ映画を選んだかと言えば、俺の経験上、初デートには好ましい選択だったからだ。日毬は真面目一徹な子で、いきなり遊園地やゲームセンターに行っても緊張するに違いない。しかし映画なら会話も不要で、一緒に二時間近くを過ごしたという既成事実ができ、お互いに比較的リラックスした状態でデートに臨むことができるようになる。映画の後はレストランで食事を楽しむのもいいし、公園を散歩しながら今しがた見た映画をキッカケに会話するのもいいし、デパートで買い物するのもいいだろう。とにかく、デートの入り口としては優れたものに違いなかった。会話のキッカケになる題材ができることが大きい。
選んだ映画は最も無難なものだった。
蒼通も制作に関わっている映画で、売れている小説を原作にしたものらしい。テレビでは頻繁にCMが流され、最近の邦画のなかでは最も興行的に上手くいっている映画だ。
ストーリーはこうだ。
偶然、同じ人間を同じ日に殺害しようと試みた男女がいて、二人の別々の罠が見事に発動しターゲットは死亡。それをキッカケにして男女は出会い、二人で逃亡を続ける最中に恋に落ち、逃亡の果てに寂しい教会で二人だけの結婚式を挙げたというストーリーだった。
こういうと重厚な映画っぽく聞こえるのだが、男女が相手を殺そうとした理由が最後まで不明だった。小説では少しだけ触れられているらしいのだが、明確になっているのかと問われれば、決してそうでもないらしい。文学にはありがちなパターンである。
映画を見終わり、手を繫いで映画館を出るとすぐ、日毬は不思議そうな面持ちで俺を見上げてくる。
「あのカップル、どうして相手を憎んで殺そうとしたんだ?」
日毬も同じ疑問を持ったらしい。
俺は肩をすくめる。
「さあな。そこは想像で補えってことじゃないか?」
「そこが明かされない限り
日毬の手を引きながら、俺は次の予定の場所へと足を進めた。お互い昼食はまだだ。レストランを予約してある。
すでに日毬には、俺が手を握っても、映画館にやってきたときのような恥じらいはなくなってくれたようだ。慣れてくれたのだろう。
「まぁそうだな……日常生活では、誰にだって憎い相手がいるだろう。だからカップルが殺したヤツは、自分が憎んでいる相手だと設定して見たらどうだ? そうやって自分の現実と重ね合わせれば、なかなか面白くなりそうな題材だと思ったぞ。だからこそヒットに繫がったんだろうな」
俺はそう答えた。
もしかすると、給料の支払いがたった一日遅れただけでぶち切れた男が経営者を殺害したのかもしれないが……その辺の設定は、個々人が最もしっくりくるように工夫して映画に臨むしかないだろう。
俺の話に、日毬はいささか不意を喰らったようだ。
「映画とは、そこまで読み込んで見学せねばならないものなのか……?」
「そういう映画もあるし、正義と悪がわかりやすく設定されている映画もある。この映画は最初から宣伝優先で創ってたから、そんなに深いことまで考えて創ったのかどうかはわからないけどさ。いちおう原作の小説に忠実らしいぞ」
「ふむ。颯斗の言う通りにして考えてみると……私が殺した相手は日本の現行政府ということだ。そして残存勢力に追われる私は、ついに敵の追跡を振り切り、バッサバッサと切り倒し、新政権を樹立したというストーリーになるのだろう」
かなり無理やりな設定に、俺は思わず声を上げて笑ってしまった。
「なっ!? 無礼者! 私は真剣に言ったのだぞ!?」
日毬は立腹し始め、俺を睨み上げてきた。日毬が握る手には強く力が籠もる。よほど興奮しているようだ。
「すまんすまん……。フフ……いや、なんつーか、日毬らしいと思ってさ……フフ、ははは」
笑いを抑えようとするほどに、ついつい笑みがこぼれてしまう。日毬の情熱的な様子を見ると、なんだか可愛らしくて余計にだ。
「いくら颯斗でも許さんぞ。何がおかしいというのだ!」
それから日毬と映画の話題で盛り上がりながら(?)、ゆっくりレストランへと向かったのだった。
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