アステッドプロ(5)

文字数 1,204文字

 テレビ局の会議室で、日毬は有名なお笑い芸人二人に囲まれていた。エンタメ番組に、ゲスト枠として日毬が登場するのだ。
 リーダー格の芸人が日毬に訊く。
「じゃあ日毬ちゃんにとって、芸能界って、政治家への登竜門みたいなもの?」
「うむ。その通りだ。むしろ芸能界などそれしか興味がない」
 断固として日毬が言い切ると、もう一方の、盛り立て役の芸人がカメラ目線で大声を上げる。
「言い切る日毬ちゃんマジかっけー。主に喋り方までかっけー。もののふって感じ」
「やっぱ立候補とかしちゃうの? なんかもう想像つかないんだけど」
 リーダー格の、頭の悪そうな質問だ。しかしカメラが回っていない時に彼と打ち合わせした時の感じだと、決してバカっぽいタレントではなかった。テレビ向けに、視聴者のレベルに合わせた彼なりの戦闘スタイルなのだろう。
「現行法に則って立候補するかどうかは、その時に決める。とにかく私は急いでいる。いますぐにでも政権を担いたいところだ」
「じゃあさじゃあさ、立候補しないとしたら、どうなんの?」
「私が総帥を務める政治結社日本大志会では、常に党員を募集している。私と共に日本の変革を志す者たちと、政権を奪取するために立ち上がる可能性もあるということだ。暴力的手段は想定外ではあるが……それでもいざチャンスとなれば、私は怯むことなく立ち向かうだろう」
「それってまさかのクーデターっすか!?」
「私は平和的手段で政権の禅譲を受けることを目指している。だがしかし、クーデターを頭から否定するつもりもない。問題は、私の(こころざし)に大義が(ともな)っているかどうかだ」
 再び、盛り立て役が口をはさむ。
「かっけー。日毬さま生き様マジ最高っす。日毬さまが総理になったら、警察大臣あたりにしてください!」
「警察大臣などの役職は、少なくとも今は存在しない。だが、貴公が内務問題を研究し、より素晴らしい警察機構を創れるという自信があるならば……そのような役職を設け、貴公に担ってもらう可能性は、なくはない」
「都知事とか、大阪府知事とか、長野県知事とか、宮崎県知事とか、各地方のトップには芸能っぽい人いっぱいいるじゃない? まずはそっちを目指したりしないの?」
 リーダー格の問いかけに対する、日毬の断固とした口調。
「地方政治は私の志すところではない。私は日本国家を支えるために生きている。国政が私のすべてだ」
 会議室での撮影は、終始なごやかな雰囲気だった。
 芸人二人組が日毬を囲んだ撮影は、一時間半にも及んだ。番組は三〇分だし、そのうち日毬の出演は一五分くらいの予定だったから、ぶつ切りで面白い部分だけを使用することになるのだろう。
 ただ、少なくとも日毬を叩くような部分はまったくなかったし、二人組も日毬の興味深い部分を引き出そうと懸命だった。日毬の芸能活動にとって、大いにプラスの放送になるはずだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

神楽日毬(かぐらひまり)

日本の未来を憂う女子高生。雨の日も風の日も、たゆまぬ努力を重ねて政治活動に励んでいる。

織葉颯斗(おりばはやと)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。営業先に向かう途中、街頭演説の最中だった日毬と出会うことになる。

健城由佳里(けんじょうゆかり)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。新人として織葉颯斗の営業に研修のため同行していたとき、演説中だった日毬に出会う。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み