右翼的な彼女(3)

文字数 778文字

「辞める? どうして?」
 俺の辞表を前にした部長は、戸惑ったような声を上げた。
 予め用意していた当たり障りない理由を俺は言う。
「一身上の都合です。蒼通に不満はないんですが、色々考えるところがありまして」
「東王印刷に行くのか?」
 部長が悠斗と同じことを言ったので、思わず笑ってしまった。
「それはありません。今後もずっと、私が東王印刷に関係することはないでしょうね」
「こんなことを聞くのはおかしいが……たとえばだ、俺が説得したら翻意(ほんい)する可能性は?」
 部長は机に身を乗り出し、秘め事を告げるような口調で言った。
「申し訳ない。一〇〇%ありません」
「……。ふぅむ。織葉くんは結構な案件を抱えてるだろ。引き継ぎには時間がかかりそうだ」
「私が抱えている案件の大半には、このところずっと健城に同行営業させています。学ばせるためだったんですが、ちょうど都合よく、引き継ぎの役割にもなってくれたということですね。事業部の他のメンツにも、適時案件を割り振っていくようにしますし」
「しかし健城くんに独り立ちさせるには、まだちょっと早いんじゃないか?」
「いえ、アレでも健城は要領がいいヤツですよ。お客さんの受けは非常に良いし、才能があって努力もする。お客さんに最後の挨拶(あいさつ)回りをする際に、必要なことはすべて健城にも伝えておきます。それに何かあれば、辞めた後でもいつでもお手伝いに参上しますよ。当面、フリーの予定なんで」
 俺の言葉に、部長は呆れた顔をする。
「なんだ。本当に何も決まってないのか。もっと良い条件でヘッドハントでもされたのかと思ったぞ。君は頭が良いから、もっと手堅い人生設計を描くかと思ってたよ」
「残念ながら、頭は悪い方なんです。これからは、悪いなりに努力してみようかと」
 苦笑いしながらそう言って、俺は肩をすくめた。
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登場人物紹介

神楽日毬(かぐらひまり)

日本の未来を憂う女子高生。雨の日も風の日も、たゆまぬ努力を重ねて政治活動に励んでいる。

織葉颯斗(おりばはやと)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。営業先に向かう途中、街頭演説の最中だった日毬と出会うことになる。

健城由佳里(けんじょうゆかり)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。新人として織葉颯斗の営業に研修のため同行していたとき、演説中だった日毬に出会う。

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