アステッドプロ(4)

文字数 1,840文字

 四谷三丁目のワンルーム事務所。
 取材にやってきた東西新聞の記者と、日毬は向き合っていた。俺は机からその様子を眺める。
「日毬さんの目的、日本政治の頂点に立つとはどういう意味でしょう?」
 記者の質問に、日毬が熱心に応じる。
「決まっている。現行制度を前提とするならば、私が内閣総理大臣になるべきだ」
「しかし一六歳では無理ですよ。被選挙権がありません」
 記者は、疑わしげな眼差しを日毬に向けた。
「わかっている。運動して、憲法や法律を変えればいい。年齢制限を撤廃してもいいし、私だけに特別枠を与えてもよかろう。特別枠は、たとえば一〇年間限定の、ローマ時代の独裁官のような地位でもいい」
「特別枠ですって? バカな! あなたは差別を助長するのですか? 身分制度を容認するようなものです」
 上ずった声で記者は言った。
 東西新聞のこの記者は、最初から全面対決姿勢だった。
 すべての取材を受けるという方針を日毬と固めたばかりだから、相手が右派・中道・左派かどうかなど選ばず、申込順にスケジュールをセッティングしていっただけである。もとより取材先が敵対姿勢かどうかなど、受ける時点で知ることができるわけもない。そして一旦取材を受けたら、いかに意にそぐわないものだとしても、無闇に追い返すわけにもいかない。よけいに印象が悪くなり、手酷い記事や放送をされるだけだからだ。
 日毬は苛立たしげに指摘する。
「私の話を、差別や身分制度に意図して持っていこうとするな! 貴公の取材には悪意が感じられる」
「差別でなくて何なのです? 法律で自分だけ特別枠なんて、ふざけた妄想ですよ。そんなことを認める国民などいるわけがない」
「いるわけがないかどうかは、日本国民が判断することだ。貴公ではない。日本国民はいずれ私に賛同してくれるだろうと、私は信じている」
「特別枠にですか?」
 記者はせせら笑った。
 日毬はムッとして目尻をつり上げたが、俺が落ち着けというポーズをすると、深呼吸を繰り返して平静に応じてゆく。
「貴公はマルクス主義者の類なのか? 真に万民が平等な社会こそ、争いと差別にまみれるだけだ。権力や権威を否定することは、人間存在そのものの否定に他ならない。いかなる社会も、寄り添うべき大樹を必要としている。私には、大樹になる意志があるということだ。そして私の求むるところは日本国家の安寧だけであり、そのための機械装置として我が身を酷使する所存である」
「タチの悪い独裁者の思想と一緒だ。自分の権力だけを追い求める妄言ですね。本当に国民の幸せを考えるなら、国民主権を守らなくてはならないはずです」
「その結末が、現行の日本政治の低落だ。寄り添うべき基盤をなくした民族の未来は、嘆かわしいものになる。日本にとって今が最後の分水嶺(ぶんすいれい)だからこそ、私は自らにムチ打ち、決起しようと誓ったのだ」
「そもそも、どうしてあなたがやらなくてはならないのです? 日本の憲法では、国民の主権が保障されている。国民の判断を信じないのですか?」
「常に国民が正しいと私は思わない。間違っていることの方が多いと言ってもいい。そんな国民を私は優しく包容し、たとえ百万の民に恨まれてでも、国家の礎を再構築すべきだと考えている」
「本音が出ましたね。あなたは国民を信じない。国民を奴隷化し、権力を我が物にしようと企むアジテーターだ」
 我が意を得たりといった表情で、記者は日毬をペン先で指し示した。
 日毬はため息をつく。
「私がいかなる話をしようとも、貴公の記事の内容は最初から決まっているようだな。今日ここに貴公がやって来たのは、ただ私に取材をした上で記事にしたという事実が欲しいからだけだろう?」
「ずいぶん勝手な判断ですね。私は訊くべきことを訊いているんですよ」
 取材開始から二〇分――。
 体裁を整えるだけの、最低限の時間が経過したと思う。俺は席を立ち、記者に告げる。
「すみません、そろそろ時間なんで。神楽の次の予定が入っています。これにてお引き取り頂いてよろしいでしょうか」
 この記者が書く記事は、あらゆる方面から日毬を叩くものになりそうだ。防ぐことはできないし、それはそれで仕方ない。批判も受け止めていかねば、この世界では活動できないのだ。
 それに周りを見渡せば、すでに日毬の賛否両論が百出している。むしろ批判の方が多いくらいだ。ひとつやふたつの批判記事など、ものの数ではない。
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登場人物紹介

神楽日毬(かぐらひまり)

日本の未来を憂う女子高生。雨の日も風の日も、たゆまぬ努力を重ねて政治活動に励んでいる。

織葉颯斗(おりばはやと)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。営業先に向かう途中、街頭演説の最中だった日毬と出会うことになる。

健城由佳里(けんじょうゆかり)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。新人として織葉颯斗の営業に研修のため同行していたとき、演説中だった日毬に出会う。

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