一刀両断(9)
文字数 2,067文字
東証が開いてすぐ――。
東王印刷の株価がまたたく間に下落し、ストップ安に陥った。間違いなく、京スポの記事を受けての反応だ。
すぐに東王印刷の代表取締役社長が記者会見を開き、この模様がテレビで放送された。
「東王印刷には何の関係もない話です。京スポの記事は憶測による部分が多く、要領を得ません。一部で噂されているようなお金を流用された事実もなく、事業上の関わりがあったこともまったくありません」
社長は淡々と事実を説明していった。
ちなみにオヤジは代表取締役会長だ。社長は身内の人ではなく、古くからの社員だった。東王印刷が、印刷業から他の事業分野へと進出していくときに陣頭指揮を執った優秀な人物である。何度か三番町の実家にも来たことがあり、俺とも面識があった。
「当社監査役および監査法人にも、当社は経理上の問題が一切ないことを確認しています。また、当社の大株主であり現会長でもある織葉練氏からも事情を伺いましたが、長男が行っている事業には何の関与もしておらず、かつまた資金の提供もまったく行っていないことも確かです。そもそも織葉練氏は長男がどのような事業を行っているか、まったく知らないということです」
淡々と社長は説明を続けてゆく。
「京スポの記事は具体性に欠いており、このような反論をしなくてはならないことは誠に遺憾 であります。当社の株価にも影響を与えており、『風説の流布』に該当する可能性もあると判断し、弁護士とも慎重に対応を協議しているところです」
経営陣が一致団結して最速の対応をしたことで、東王印刷の経営については一定の安堵感が広がった。
しかし「会長である織葉練が、長男は何をやっているのか知らない」という文言があったために、織葉家に対する疑義が広がることは避けられなかった。ネットを中心に、家族の管理もできないような無能極まる創業一族は、東王印刷から手を引けなどという声が高まっていった。
社長の主張はまったくの事実だったし、オヤジに一点の落ち度もないと俺には思われた。だいたい俺はもう二六歳であって、家族に借金もしておらず、依存もせず、自分の力で生きているつもりだ。それなのに、親族に毎週のように俺の状況を知らせなくてはならないとしたら、煩わしくて何も進まない。どうしてオヤジが、息子が自分のお金で最近始めたばかりのプロダクションのことを知る義務があるというのだろうか。
それでも世間の、織葉家に対する疑いは残りそうだった。煩わしいことこの上ない。
夕刻、いつものように日毬は事務所へとやってきた。仕事もなくなっているから、日毬は事務所で芸能界について勉強して帰っていく日々に逆戻りしていた。
玄関で靴を揃えて上がってきた日毬は、俺の顔を見るなり言う。
「颯斗、おつかれさま。……元気、なさそうだな?」
「そうだな。今日一日で、かなり消耗しちまったよ……」
俺は机に広げてあった京スポを取り上げ、日毬に手渡した。
日毬にはあまり心配をかけたくないが、隠しておくのはフェアじゃない。正確な状況は、日毬にも知っておいてもらう必要がある。
新聞を手にした日毬は声を上げる。
「矛先を颯斗にまで向けてきたのか!? おのれアステッド……絶対にあってはならないことを……今こそ私は、身体を張ってヤツらと戦わねばならない……」
突然、日毬は取って返し、靴を履こうとした。アステッドにでも乗り込むつもりかもしれない。
俺は慌てて日毬の手を取った。
「待つんだ日毬。常識的なヤツなら、この記事は憶測にすぎないってことを理解してくれる。東王印刷もきちっと反論しているし、致命的なことじゃない。ただの嫌がらせだ」
「だからこそだろう! 颯斗が嫌がらせを受けることは、私には死ぬよりも辛いことだ!」
日毬は憤然として言った。
まったく無関係なオヤジにまで累が及んでいることに俺は苦々しい思いを嚙みしめていたが、日毬も俺にまで累が及ぶことに、同じような気持ちを抱いているのだろう。とりわけ日毬は義理堅く、律義で真っ直ぐな性格だ。身が引き裂かれるような想いに違いない。
「俺のことを心配してくれるのは嬉しいよ。だけどな、これはやはり俺の問題だ。プロダクションを始めたのは事実だし、ほとんど絶縁に近い状態だとは言えど、俺が東王印刷の一族ということも事実だ。こういうレベルの嫌がらせに構っていたらキリがない」
「……だが、颯斗が責められるのは許せない」
「これは俺個人の問題だ。ひまりプロダクションが責められてるわけじゃない。だから、オヤジとの兼ね合いでうんざりはしているけれど、俺としてはまだ落ち着いていられる。大丈夫だ」
「……そうそう長く私は堪え忍べそうにないぞ……。次に颯斗が攻撃されれば、私はきっと我慢できないだろう」
日毬は唇をかみしめた。
心配してくれるのは嬉しいが、日毬なら本当にアステッドに抗議に向かいかねない。日毬に状況を伝えるのは慎重にタイミングを計らねばならないと思った。
東王印刷の株価がまたたく間に下落し、ストップ安に陥った。間違いなく、京スポの記事を受けての反応だ。
すぐに東王印刷の代表取締役社長が記者会見を開き、この模様がテレビで放送された。
「東王印刷には何の関係もない話です。京スポの記事は憶測による部分が多く、要領を得ません。一部で噂されているようなお金を流用された事実もなく、事業上の関わりがあったこともまったくありません」
社長は淡々と事実を説明していった。
ちなみにオヤジは代表取締役会長だ。社長は身内の人ではなく、古くからの社員だった。東王印刷が、印刷業から他の事業分野へと進出していくときに陣頭指揮を執った優秀な人物である。何度か三番町の実家にも来たことがあり、俺とも面識があった。
「当社監査役および監査法人にも、当社は経理上の問題が一切ないことを確認しています。また、当社の大株主であり現会長でもある織葉練氏からも事情を伺いましたが、長男が行っている事業には何の関与もしておらず、かつまた資金の提供もまったく行っていないことも確かです。そもそも織葉練氏は長男がどのような事業を行っているか、まったく知らないということです」
淡々と社長は説明を続けてゆく。
「京スポの記事は具体性に欠いており、このような反論をしなくてはならないことは誠に
経営陣が一致団結して最速の対応をしたことで、東王印刷の経営については一定の安堵感が広がった。
しかし「会長である織葉練が、長男は何をやっているのか知らない」という文言があったために、織葉家に対する疑義が広がることは避けられなかった。ネットを中心に、家族の管理もできないような無能極まる創業一族は、東王印刷から手を引けなどという声が高まっていった。
社長の主張はまったくの事実だったし、オヤジに一点の落ち度もないと俺には思われた。だいたい俺はもう二六歳であって、家族に借金もしておらず、依存もせず、自分の力で生きているつもりだ。それなのに、親族に毎週のように俺の状況を知らせなくてはならないとしたら、煩わしくて何も進まない。どうしてオヤジが、息子が自分のお金で最近始めたばかりのプロダクションのことを知る義務があるというのだろうか。
それでも世間の、織葉家に対する疑いは残りそうだった。煩わしいことこの上ない。
夕刻、いつものように日毬は事務所へとやってきた。仕事もなくなっているから、日毬は事務所で芸能界について勉強して帰っていく日々に逆戻りしていた。
玄関で靴を揃えて上がってきた日毬は、俺の顔を見るなり言う。
「颯斗、おつかれさま。……元気、なさそうだな?」
「そうだな。今日一日で、かなり消耗しちまったよ……」
俺は机に広げてあった京スポを取り上げ、日毬に手渡した。
日毬にはあまり心配をかけたくないが、隠しておくのはフェアじゃない。正確な状況は、日毬にも知っておいてもらう必要がある。
新聞を手にした日毬は声を上げる。
「矛先を颯斗にまで向けてきたのか!? おのれアステッド……絶対にあってはならないことを……今こそ私は、身体を張ってヤツらと戦わねばならない……」
突然、日毬は取って返し、靴を履こうとした。アステッドにでも乗り込むつもりかもしれない。
俺は慌てて日毬の手を取った。
「待つんだ日毬。常識的なヤツなら、この記事は憶測にすぎないってことを理解してくれる。東王印刷もきちっと反論しているし、致命的なことじゃない。ただの嫌がらせだ」
「だからこそだろう! 颯斗が嫌がらせを受けることは、私には死ぬよりも辛いことだ!」
日毬は憤然として言った。
まったく無関係なオヤジにまで累が及んでいることに俺は苦々しい思いを嚙みしめていたが、日毬も俺にまで累が及ぶことに、同じような気持ちを抱いているのだろう。とりわけ日毬は義理堅く、律義で真っ直ぐな性格だ。身が引き裂かれるような想いに違いない。
「俺のことを心配してくれるのは嬉しいよ。だけどな、これはやはり俺の問題だ。プロダクションを始めたのは事実だし、ほとんど絶縁に近い状態だとは言えど、俺が東王印刷の一族ということも事実だ。こういうレベルの嫌がらせに構っていたらキリがない」
「……だが、颯斗が責められるのは許せない」
「これは俺個人の問題だ。ひまりプロダクションが責められてるわけじゃない。だから、オヤジとの兼ね合いでうんざりはしているけれど、俺としてはまだ落ち着いていられる。大丈夫だ」
「……そうそう長く私は堪え忍べそうにないぞ……。次に颯斗が攻撃されれば、私はきっと我慢できないだろう」
日毬は唇をかみしめた。
心配してくれるのは嬉しいが、日毬なら本当にアステッドに抗議に向かいかねない。日毬に状況を伝えるのは慎重にタイミングを計らねばならないと思った。
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