アステッドプロ(11)
文字数 1,668文字
提案に対する答えを持って、俺はアステッドプロを訪問していた。
場所は千代田区麴町 。俺の実家から徒歩圏にあるビルだ。
案内されたのは社長室――ひまりプロダクションのワンルーム事務所の倍くらいのスペースに、高級ソファと黒檀 の机がゆったりと置かれている。
業界最大手と言いつつも、比較的こぢんまりとした部屋だった。……いや、そう見えるのは、俺が織葉家絡みの企業の社長室や会長室を見慣れすぎていたからかもしれない。アステッドプロは大きな企業グループを形成している中核企業といえども、しょせんは売上高は数百億レベルだろうから、やはり向こうとは格が違う。
ソファに着くなり、さっそく俺は切り出す。
「今日はお時間を取って頂き恐縮です。先日のお返事をお持ちしました」
俺に相対するのは、先日と同じく、仙石社長と狩谷常務。
「こんなに早く決断してもらえるのはありがたい限りだよ。ありがとう」
「今後の契約詰めなど、諸々進めていきましょう。お互いにとってプラスになると思いますよ」
二人はなぜか喜んでいるようだった。俺が話を受けることが大前提になっているらしい。まぁ普通なら、双方の会社にとっても、タレントにとってもメリットのある渡りに舟の提案を、受けない方がおかしいのだ。
「いえ……。お断りに参上したのです。興味深いご提案ではありましたが……今回、お話を受けることはできかねます」
俺の言葉に、仙石社長は目を白黒させる。
「……」
「……そんなバカな」
啞然 として狩谷常務はつぶやいた。
そんなに驚かれると、なぜか申し訳ない気分になってくる。
「それは……神楽さんのご意志にも添うものですか?」
狩谷常務が念を押してきた。
「そうです」
「まさか! うちなら、タレントとして成功が約束されたようなもの。断るわけがない」
「そうは言われましても、噓を申し上げているわけではありません。なんなら、本人に確認してもらってもいいですが?」
「レンタルの提案も乗るつもりがないと?」
「はい」
仙石社長が割って入ってくる。
「織葉社長。どうも君は、芸能界を軽々しく見ているようだ。この世界は、蒼通での仕事のように、明確な成果を描けることも少ない。今、神楽さんは一時的に騒がれているだけだ。ここから軌道に乗せるのは本当に難しい。我々としても、新規事業に乗り出すくらいの心構えを持っている。いわば賭けなのだよ? それを、君は自身の力でできるとでも思っているのかね?」
「やり遂げるつもりです。今後、社長や常務のような業界の大御所に、ぜひともご指導頂ければ幸いだと思っております」
「ぬけぬけと何を言う。あなたは、自分が何を言っているのかわかっているのか? 大変なことになるぞ?」
狩谷常務が息巻いた。今まで丁寧な口調だったのが、威嚇 するようなものに豹変していた。
ムチャクチャな話だ。提案を断っただけで恫喝 されるなど、まともな業界ではない。
仙石社長が告げてくる。
「たかだかゲリラのような存在が、ようやっと光の当たる場所に出て、うかれた気分になるのはわかる。だがゲリラはしょせんゲリラにすぎん。これから正規戦に臨めると思ったら大間違いだ。芸能界の厳しさを、その身を以て知ることになるだろう」
「肝に銘じておきましょう。簡単にはご納得頂けないようですが、意志が変わることもありません。どうかご了解ください。用件はこれですべてなので、失礼させて頂きます」
そう言い残して俺は席を立った。もはや交渉する意思はないし、ここで話していてもプラスになることはなにもない。
「下手に出れば小童 が……」
狩谷常務がつぶやく声が聞こえた。わざと聞こえるようにつぶやいたに違いない。
「織葉社長。考えが変わったら、いつでも声をかけてきなさい。悪いようにはしないから」
そう最後に、仙石社長は優しい声をかけてきた。しかし俺には、仙石社長の強い意志が籠もっているように感じられた。
場所は
案内されたのは社長室――ひまりプロダクションのワンルーム事務所の倍くらいのスペースに、高級ソファと
業界最大手と言いつつも、比較的こぢんまりとした部屋だった。……いや、そう見えるのは、俺が織葉家絡みの企業の社長室や会長室を見慣れすぎていたからかもしれない。アステッドプロは大きな企業グループを形成している中核企業といえども、しょせんは売上高は数百億レベルだろうから、やはり向こうとは格が違う。
ソファに着くなり、さっそく俺は切り出す。
「今日はお時間を取って頂き恐縮です。先日のお返事をお持ちしました」
俺に相対するのは、先日と同じく、仙石社長と狩谷常務。
「こんなに早く決断してもらえるのはありがたい限りだよ。ありがとう」
「今後の契約詰めなど、諸々進めていきましょう。お互いにとってプラスになると思いますよ」
二人はなぜか喜んでいるようだった。俺が話を受けることが大前提になっているらしい。まぁ普通なら、双方の会社にとっても、タレントにとってもメリットのある渡りに舟の提案を、受けない方がおかしいのだ。
「いえ……。お断りに参上したのです。興味深いご提案ではありましたが……今回、お話を受けることはできかねます」
俺の言葉に、仙石社長は目を白黒させる。
「……」
「……そんなバカな」
そんなに驚かれると、なぜか申し訳ない気分になってくる。
「それは……神楽さんのご意志にも添うものですか?」
狩谷常務が念を押してきた。
「そうです」
「まさか! うちなら、タレントとして成功が約束されたようなもの。断るわけがない」
「そうは言われましても、噓を申し上げているわけではありません。なんなら、本人に確認してもらってもいいですが?」
「レンタルの提案も乗るつもりがないと?」
「はい」
仙石社長が割って入ってくる。
「織葉社長。どうも君は、芸能界を軽々しく見ているようだ。この世界は、蒼通での仕事のように、明確な成果を描けることも少ない。今、神楽さんは一時的に騒がれているだけだ。ここから軌道に乗せるのは本当に難しい。我々としても、新規事業に乗り出すくらいの心構えを持っている。いわば賭けなのだよ? それを、君は自身の力でできるとでも思っているのかね?」
「やり遂げるつもりです。今後、社長や常務のような業界の大御所に、ぜひともご指導頂ければ幸いだと思っております」
「ぬけぬけと何を言う。あなたは、自分が何を言っているのかわかっているのか? 大変なことになるぞ?」
狩谷常務が息巻いた。今まで丁寧な口調だったのが、
ムチャクチャな話だ。提案を断っただけで
仙石社長が告げてくる。
「たかだかゲリラのような存在が、ようやっと光の当たる場所に出て、うかれた気分になるのはわかる。だがゲリラはしょせんゲリラにすぎん。これから正規戦に臨めると思ったら大間違いだ。芸能界の厳しさを、その身を以て知ることになるだろう」
「肝に銘じておきましょう。簡単にはご納得頂けないようですが、意志が変わることもありません。どうかご了解ください。用件はこれですべてなので、失礼させて頂きます」
そう言い残して俺は席を立った。もはや交渉する意思はないし、ここで話していてもプラスになることはなにもない。
「下手に出れば
狩谷常務がつぶやく声が聞こえた。わざと聞こえるようにつぶやいたに違いない。
「織葉社長。考えが変わったら、いつでも声をかけてきなさい。悪いようにはしないから」
そう最後に、仙石社長は優しい声をかけてきた。しかし俺には、仙石社長の強い意志が籠もっているように感じられた。
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