国家と共に(10)

文字数 694文字

 飲み過ぎて、タクシーで帰ってきたときには深夜二時を回っていた。テレビに関わる人間は夜まで仕事をすることが多い。むしろテレビの主役は一九〜二三時あたりまでと言えるから、飲むのも日付を跨ぐ時間帯になることが少なくない。
 今日は日毬をCMに出してもらうための根回しだ。もちろん上手くいくかどうかはわからない。今はこのような将来の種を、たくさん並行して育てているところだ。そのなかの数個でもモノになれば、次に繫げていけるだろう。
 朦朧(もうろう)としながらネクタイを緩め、ソファに腰かけると、テーブルの上に書き置きがあった。
 日毬のものだ。均整のとれた達筆である。日毬の書道は意図して崩して描いたかのような絵画的な鮮やかさを含んでいたが、ペンでの文字は徹頭徹尾、検定教科書を見ているように整っていた。


颯斗へ

  おつかれさま。ありがとう。

            神楽日毬


 俺は紙を眺めやり、相好を崩した。たったこれだけの書き置きだが、嬉しいものだ。俺が営業で遅くなることを伝えてあったから、気を遣ってくれているのだろう。
 日毬はこういうことが間々あった。こうした古風な儀礼を日毬が自然と身につけているのは、ひとえに家庭での教育の賜物だ。普通の若い人に真似をしろといってもできることではない。俺が高校の頃に同じような思い遣りや礼儀を身につけていたかと振り返れば、まったくできていなかった。今でさえ、日毬には及ばない。
 ぼんやりする意識のなか、日毬の書き置きを眺めながら、シャワーは明日浴びようと思った。俺はスーツとワイシャツを脱ぎ捨てて、そのままソファで眠りに落ちた。
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登場人物紹介

神楽日毬(かぐらひまり)

日本の未来を憂う女子高生。雨の日も風の日も、たゆまぬ努力を重ねて政治活動に励んでいる。

織葉颯斗(おりばはやと)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。営業先に向かう途中、街頭演説の最中だった日毬と出会うことになる。

健城由佳里(けんじょうゆかり)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。新人として織葉颯斗の営業に研修のため同行していたとき、演説中だった日毬に出会う。

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