右翼的な彼女(2)

文字数 1,016文字

 サッサと実家を去ろうと玄関で靴を履いていると、悠斗が声をかけてきた。
「兄さん!」
「よう。帰ってたのか。今日も仕事だって聞いてたけど」
 振り向くと、悠斗もスーツ姿だった。
「さっきまで会社にいたんだ。夕方にはイランに飛ばなくちゃならない。しばらくそっちに滞在する予定だから、荷物を取りにね」
 悠斗は今でもここに住んでいる。勤務する大東亜石油の本社が大手町にあり、ここからならチャリでもタクシーでもすぐだから、引っ越すのが面倒だったらしい。
 ちなみに俺は就職が決まってすぐ、銀座の外れに1LDKを借りて移り住んでいた。蒼通の近くが便利だったからというよりも、単にオヤジと距離を置きたかったのだ。
「イランか。核武装問題やら何やらで、あっちは色々きな臭くなりそうだな。気を付けろよ」
「まぁね。うちも色々と情報収集しなくちゃいけないことが出てきてるんだよ。イスラエルとイランの対決姿勢がエスカレートしてて、アメリカを巻き込んで大きな紛争に発展する可能性があるんだ」
 そう説明し、悠斗は話題を切り替える。
「兄さんの方は、仕事、順調なの?」
「ああ、俺、蒼通を辞めることにした」
「……え? なんで?」
 悠斗は目を丸くした。入社して間もない悠斗にとって、会社を辞めるなどすぐには想像できないことだろう。ましてや悠斗は、仕事が好きで(たま)らないようだから尚更だ。
 俺は肩をすくめる。
「実はあんまり深く考えてないんだ。ちょうど三分前に決めたところさ」
「東王印刷に行くの?」
「いかねーよ。俺とオヤジが仲悪いこと知ってるだろ。修復不可能ってヤツだ」
「父さんも兄さんも、どっちも意固地になってるだけなんだよ。二人ともガンコだからなぁ……」
 うんざりした表情で悠斗は言った。いずれ織葉家の後継者として指名されることを、悠斗は知らない。きっとその辺りのことは何も考えず、俺が継ぐと思い込んでいるに違いない。弟とはそういうものだ。
 俺としては、悠斗がオヤジから後継者として指名されたときに、あまり俺に気を遣わないようにしてやりたい。
 悠斗は食い下がってくる。
「じゃあ蒼通を辞めるってどういうことさ?」
「そのうち身の置き所が定まったら話すよ。あんまり期待せず楽しみにしておいてくれ」
 俺は軽く手を振り、玄関を立ち去った。
「ちょっと、兄さん!」
 悠斗の声が追いすがってきたが、俺は振り向きもせずに正門を抜け出した。
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登場人物紹介

神楽日毬(かぐらひまり)

日本の未来を憂う女子高生。雨の日も風の日も、たゆまぬ努力を重ねて政治活動に励んでいる。

織葉颯斗(おりばはやと)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。営業先に向かう途中、街頭演説の最中だった日毬と出会うことになる。

健城由佳里(けんじょうゆかり)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。新人として織葉颯斗の営業に研修のため同行していたとき、演説中だった日毬に出会う。

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