右翼的な彼女(4)

文字数 3,483文字

 続々と由佳里や事業部のメンバーらに仕事を引き継いでいくなかで、神楽日毬に手伝ってもらう予定の防衛省案件の打ち合わせをすることになった。
 会議に参加してもらうため、俺は日毬を蒼通に呼んでいた。会議には日毬と、俺と由佳里、それからチームリーダーの部長と、制作を担当するディレクターの五名が参加している。
 なぜか日毬は拡声器を持ってきていた。隣の椅子(いす)に、ちょこんと使い古しの拡声器が置いてあるのは場違いな感じだ。
 日毬から渡された政治団体の名刺をしげしげと眺めていた部長が、(きつね)につままれたような表情で視線を上げる。
「政治結社日本大志会……。この子か……うーん、これは確かに美少女だな……。よくこんな子を見つけてきたな?」
「街中で声を掛けただけですけどね」
 俺がそう言うと、部長は冗談交じりな口調で応じる。
「スカウトまでできる蒼通マンは君だけだよ」
 業界人風のヒゲをはやしたディレクターが、興奮したように日毬の方に身を乗り出す。
「いやいやマジ可愛いっしょ、この子。政治団体なんてやってる場合じゃないって。ねぇ日毬ちゃん、プロダクションに所属するつもりある? 即日でエース張れるよ。紹介するけど、どう?」
 軍人のようにスックと背筋を伸ばした日毬は、鋭い視線でディレクターを見やる。
「真正なる右翼は、日本に私ただ一人である。私に日本を変える使命がある限り、いかなる危機に直面しようとも、日本大志会で戦い続けてみせる。もはや我が国には一刻の猶予もない。私がやるしかないのだ」
「……」
 あんぐりと口を開けたディレクターは、放心したようだった。
「ちなみにプロダクションに所属とはどういうことだ? 政治政党のようなものなのか? 具体的に解説してくれ」
「そこから!? ていうか、その喋り方、素!?」
 目を白黒させるディレクターに、由佳里が説明する。
「素なんですよ。主張はともかく、とても一生懸命で真面目な子であることは保証します。ね、日毬ちゃん?」
「私はいつでも真剣に生きている。生き方を妥協すべきじゃない」
 日毬は決然として言い切った。
「……なんというか、すごい子がいたもんだ! スタイルも、ユカッチとは比べものにならないよね。何もかも一六歳とは思えないよ」
「ユカッチ」とは、ディレクターが由佳里のことを呼ぶときの渾名(あだな)だ。由佳里も特に抗議しなかったので、それで通っている。このディレクターは女の子に勝手に渾名をつけまくることで社内で知られていた。
 ディレクターは両腕を伸ばし、両手の人差し指と親指で四角を作って、日毬のバストやウェストの辺りを覗き込んだ。普通の人がやれば痴漢行為としか思われないが、試写体をチェックするディレクターのいつものクセだ。
「ディレクター、誰と誰のスタイルを比べてます!? 私だって捨てたものじゃないはずです!」
 由佳里はテーブルにドンと拳骨をつき、ディレクターを睨みつけて息巻いた。
 するとディレクターは、両手の指で作った四角を由佳里のバストあたりに移動させ、まじまじと眺めやる。
「ユカッチ、結構ハードにスポーツやってきたでしょ。適度に引き締まった筋力は魅力的だけど、バストを日毬ちゃんと比べちゃいけないってマジで。だって、必死に寄せて上げてソレじゃん。限界まで頑張ってるよね」
「むっかー。超怒った。セクハラ逮捕です。求刑は、面倒だから死刑ってことでいいですか」
「ユカッチに処刑されるなら本望だけどさ、その前に日毬ちゃんの活躍をこの目に焼き付けておきたいね。きっと日本を動かす子になるよ」
 ディレクターはいい加減なようでいて、タレントをチェックする目だけは肥えている。日毬がディレクターに認められたということは、俺の選定眼が評価されたということでもあった。素直に嬉しいことだ。
 俺は日毬に問いかける。
「渡した台本は覚えてくれたか?」
「万全だ。任せてほしい。国防に人為的ミスは決して許されないからな。私はこの仕事に命を懸けている」
「隅から隅まで、ぜんぶかっちりと覚える必要なんてないからな。大まかな流れを摑んでおいて、あとは要所要所で台本を確認しながらやればいい。ミスしても何度だって撮り直せるから心配ないぞ」
「私にいろいろしてくれた颯斗にも、精一杯喜んでもらえるよう死力を尽くそうと思う。お前は私の初めてだ」
 何気ない日毬の『お前は私の初めてだ』というセリフに、出席者一同は凝固した。かく言う俺も、そのセリフの意味を反芻し、半ば呆然としてしまう。
 部長もディレクターも由佳里まで、ぎこちなく俺に視線を向けてくる。
「未成年だぞ……」
「手早ッ!」
「うっわ、先輩……チャラい人だと思ってましたが……いつの間に……」
「違う! みんな誤解してる。俺は何もしていない」
 俺は全力で否定し、日毬に説明を求める。
「日毬、やたらと懸命な表情でジョークを飛ばすのはやめてくれ。俺が日毬に何かしたか? みんなの誤解を解いてやってくれ」
「私は冗談など言わないぞ。颯斗には、たくさんのことをしてもらった。初めてのことばかりで……本当に本当に、とても嬉しかったんだ……。私も颯斗にいろいろしてあげたい……」
 日毬は恥ずかしそうに視線を落とし、可愛らしくはにかんだ。
「……」
 部長は沈黙し、ディレクターは色めき立つ。
「おいおいおいおい、どうなっちゃってんのよこれ。死刑にするしかないよ」
「処刑されるべきは、ディレクターではなく先輩の方でした。銃殺刑です」
 由佳里も生真面目な顔で断言した。
「なぁ日毬、初めてのことって何だ!? 俺には覚えがないんだが!?」
「たくさんしてくれたろう? お前は私が警察に襲われているところを助けてくれた。政治議論もたくさん交わしたし、日本大志会を結成してから初めて党費を寄付もしてくれた。おまけにお前は、私に国防任務を与えてくれるのだという。たった一日で、私なんかのためにこんなにしてくれたのは、何もかもお前が初めてなんだ……」
 日毬の言葉に、俺はホッと胸をなで下ろした。だが、「警察に襲われる」という表現はどうかと思う。
 ディレクターはあっさり前言を翻す。
「そうだと思った。見た目と違って、織葉ちゃんは根が真面目だからね。条例違反なんてするわけないよ」
「なぁんだぁ。そういうことなら私も知ってます。私だけは信じてましたよ、先輩!」
 由佳里は可愛らしい声を上げた。
「お前ら今、俺に死刑宣告したばかりじゃねーか……」
 部長はゴホンと咳払いし、話を切り替える。
「彼女は未成年だから、親権者の同意が必要だ。それはもらっているか?」
「今日、日毬が持ってきてくれているはずです」
 俺の言葉に、日毬はうなずく。
「母上にちゃんともらってきたぞ。これだ」
 日毬は封筒を取り出し、書類を広げた。
 しっかりと親のサインが記入してある。毛筆の太々としたサインで、サイン欄から大きくはみ出しており、しかもやたらと達筆だ。書道の達人レベルが書いたとしか思えない記名だった。
 同意書を取り上げた部長は、うめくように言う。
「……ふむ。こんなに上手い字は見たことがない……。じゃあ織葉くん、念のため撮影前に一度、確認も兼ねて親御さんのところに挨拶に行ってきてくれ」
「わかりました。元々そのつもりです」
 日毬のことを信じないわけではないが、親権者が本当にサインをしたのかどうか、直接確認を入れることは必須だ。未成年のタレント志望者には、親権者のサインを自分で書いて、いかにも親が同意しているように見せかけるケースがたまにある。日毬に限ってそれはなさそうだが、お役所案件である以上、そこは押さえておかなくてはならなかった。
 次に部長は、由佳里に指示を出す。
「それから当面の間、防衛省の広報担当は健城くんに取り組んでもらうことになる。事業部のなかから誰か割り当てることも考えたが、みな忙しい。それに今回は小さな案件だ。だからひとまず健城くんが、この仕事の引き継ぎをしてもらってほしい」
「あいあいさー」
 軽く由佳里は応じた。
 俺は日毬に口にする。
「日毬。後日、俺と由佳里で親御さんにご挨拶に伺うことになる。すぐに済むから、悪いけどその旨、伝えておいてほしい」
「わかった。颯斗が来てくれるなら大歓迎だ。ぜひとも日本大志会の総本部にも立ち寄ってもらいたい」
 それから会議の間も、終始、日毬は堂々たる態度を貫き通したのだった。
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登場人物紹介

神楽日毬(かぐらひまり)

日本の未来を憂う女子高生。雨の日も風の日も、たゆまぬ努力を重ねて政治活動に励んでいる。

織葉颯斗(おりばはやと)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。営業先に向かう途中、街頭演説の最中だった日毬と出会うことになる。

健城由佳里(けんじょうゆかり)

日本最大の広告代理店、蒼通の社員。新人として織葉颯斗の営業に研修のため同行していたとき、演説中だった日毬に出会う。

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