第130話 御小姓役拝命

文字数 1,102文字

 年は明けて、文久元(一八六一)年三月。
 二十三歳になった晋作は藩の命で藩主世子である毛利定広の御小姓役を拝命し、明倫館内にある定広の居館・新御殿に出仕し奉公することが決まった。
 御小姓役を拝命した晋作は名実ともに一人前の毛利家の侍となったが、息子のことが心配で仕方がない父の小忠太は奥座敷に晋作を呼び出し、改めて主にお仕えするときの心構えを説くことを決めた。
「こねぇ早うから一体何用でありますか? 新御殿に昇る刻限まで大分時がありますぞ」
 晋作が訝し気な様子で父に尋ねる。
「おめぇが若殿様にお仕えするにあたり、話しておきたきことがあってな」
 小忠太が険しい顔で言う。
「藩から正式にお役目をもろうて、おめぇは名実ともに一人前の毛利家の侍となった。しかもそのお役目は儂と同様若殿様の御側近くにお仕えするっちゅう大変重大なお役目じゃ」
 小忠太の表情はますます険しくなっていく。
「じゃけぇこれからは書生の時のように自由気まま、奔放に振る舞うなんてことは決して許されぬぞ。若殿様が将来この防長二ヶ国を背負って立てる御方になるよう補佐し奉り、もし若殿様が道に迷うたならばこれを導き、またもし若殿様が道を誤りそうになったらこれを諫め、またもし若殿様に危害が及べば自ら楯となってこれを守らねばいけんのんじゃ。それができぬ時は腹を切って詫びるぐらいの覚悟がなければ若殿様の御小姓など到底務まらぬ。儂が若殿様にお仕えしてからもう十年近くになるが、儂は片時もこの覚悟を忘れたことはない。若殿様のためならいつでも死ねるつもりじゃ。今若殿様は江戸におるけぇ、この萩にはおらんが儂が説いた覚悟は一時たりとも忘れてはいけんぞ。もしこの覚悟を忘れるときがあらば、その時はおめぇが死ぬときと心得るのじゃ」
 小忠太が晋作に厳しく心構えを言い聞かせると、晋作もきりっとした表情をして、
「かしこまりました。父上の仰れとること、しかと肝に銘じます」
 と返事をした。
「うむ、その意気じゃ。あと先程も申したと思うが今若殿様は江戸におり、この萩にはおらん。おめぇが本格的に若殿様の御側近くにお仕えするようになるんは江戸行を命じられてからじゃが、その前に上役や同僚の者達に挨拶回りをせねばならんし、お仕えするにあたり出さねばならぬ書状がようけあるけぇ、しばらくはこの萩におることになるじゃろう。その間に学問や武芸を磨き直すことをくれぐれも忘れてはいけんぞ。若殿様にお仕えする者は常に文武の修練を行わねばいけんのじゃからな」
 小忠太が重ねて晋作に忠告をすると、晋作は厳しい顔つきのまま、
「かしこまりました。本よりそのつもりであります」
 と短く返事をした。
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