第80話 苦慮する重役連

文字数 1,098文字

 その頃、萩の本丸御殿では、毛利慶親が手元役の前田孫右衛門や用所役を仰せつけられた周布政之助等を呼び寄せて、藩の政について話し合いをしていた。
「今日は殿にどねーしてもお耳にいれたき議がございます!」
 話し合いの途中、孫右衛門が神妙な面持ちで言うと懐から書状を出した。
「これは先日、かの吉田寅次郎から儂宛に届いた書状でございます! この書状には京で無法を働いちょる老中の間部下総守を討ち取るために、クーボール(速射砲)三門と百目玉筒五門、三貫目鉄空弾二十、百目鉄玉百、合薬五貫目をぜひ藩から貸し付けてほしいと書かれちょりました!」
 孫右衛門は寅次郎から届いた書状の内容を簡潔に説明し終えると、
「全く寅次郎には呆れてものが言えませぬ。四年程前に黒船の密航を目論んだ咎で囚われの身となったことに懲りず、今度は幕府の老中の暗殺を企てるとは……。寅次郎は一体何を思うてこねーな書状を出したんじゃろうか?」
 と言って深いため息をつく。
「寅次は元々考えるよりもまず行動をおこすことが第一と考える男じゃからのう。これもこの国を憂う奴なりの誠意なのかもしれん」
 周布は寅次郎のことを擁護しようとするもその表情はどこか険しい。
「そねー呑気なことをゆうちょる場合か! もしこのまま寅次郎が弟子達と供に出奔して、京で間部を襲撃しようものなら、我が藩は幕府によって改易されるやもしれんのじゃぞ! 井伊の赤鬼が一橋派の諸侯や攘夷浪士達を次々と弾圧しちょるのを知らぬわけではあるまい! ことはこの長州の存亡にも関わることなのじゃぞ!」
 寅次郎を庇おうとする周布の言動に対して孫右衛門が声を荒げる。
「無論、このまま寅次を放っちょくつもりはございませぬ。寅次にはすでに軽挙を慎むよう何度も書状を出しており、また我が藩で近いうちに取り上げることになるやもしれぬ勤皇策を、寅次の家の者や弟子を通じて寅次に伝えさせちょる」
 憤慨する孫右衛門に対し周布が弁明した。
「ほう、そうであったか。でもしそれでも寅次郎が老中の暗殺を諦めぬ場合は如何するつもりなのじゃ?」
 まだ怒りが収まりきらない様子の孫右衛門が周布に尋ねる。
「その時は寅次をまた野山獄に投獄するつもりじゃ。ほとぼりが冷めるまで、寅次には獄の中で時を過ごしてもらう。それが我が藩のためであり、寅次のためでもございますので」
 寅次郎の投獄を宣言する周布の顔は並々ならぬ決意を秘めている。
「殿、それでようございまするな?」
 一言も発言することなく置物石のように鎮座している慶親に周布が問いかけた。
「うむ、周布の申す通りにせい」
 慶親は一言だけ喋るとお付きの近習達と供にその場を後にした。


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