第60話 塾生達の人物評
文字数 1,351文字
晋作達が河原にいた頃、寅次郎は自身の幽室で塾生達のことについて梅太郎と話し合っていた。
「最近村塾に入塾する者がようけ増えちょるみたいじゃが、お主の目に敵う奇士は見つかったんか? 寅次」
梅太郎が寅次郎に尋ねた。彼も塾の運営の一部に携わっていたため、寅次郎が塾生たちをどう思っているのか気になって仕方がない。
「奇士とゆうほどではないが、何人か目ぼしい若者ならおります」
寅次郎が質問に答える。
「まずは品川弥二郎。これといって秀でた能力はないが、温厚で心が広く、素直で正直な若者であります。次に伊藤利助。才は乏しく、学もまだまだ未熟ですが、周旋家になれる見込みがありまする」
寅次郎は淡々と塾生達の評価をしていった。
「そして吉田栄太郎。彼は一見大人しそうに見えますが、頑固で意思が強く、識見も他の塾生達より頭一つ飛び出ている若者であります。あとは松浦亀太郎もなかなか見所のある若者じゃけぇのう」
寅次郎が机の上にあった『那波列翁伝』を手に取ってぱらぱらとめくり始める。
「そうかそうか。それは何よりじゃ。あと一月前に入った高杉晋作とかはどうなんじゃ? 彼は馬廻の家の子で、明倫館にも通っちょるのじゃろう?」
寅次郎が晋作の名前を出さなかったことを訝しんだ梅太郎が尋ねた。
「晋作は栄太郎に勝るとも劣らぬ識見を持っちょるが、学を疎かにし、強情でなかなか人の言を聞き入れず、しかも侍意識が余りにも強すぎるきらいがありますので、まだ奇士とは言い難いのう」
寅次郎は首を横にふりながら言うと続けて、
「じゃが、玄瑞と比較することで晋作のその性質をうまく刺激できれば、それで彼が学問にも力を入れるようになれば、もしかしたら奇士と呼べるようになるやもしれませぬ」
と言って晋作の人物評を終え『那波列翁伝』を机の上に戻した。
「なるほど。じゃが評判を聞いた限りじゃと高杉はまるで暴れ牛のような奴じゃな。ちゃんと手綱を握らんことには暴走して誰の手にも負えんようになるぞ。そこんところは分かっちょるのか? 寅次」
「分かっちょります。じゃが余りにも強く手綱を握ろうとすると、かえって彼の良さまで潰すことになりかねませぬ。あの負けん気の強さは長所にも十分なりえますので」
寅次郎が気にすることはないと言わんばかりの調子で言う。
「だとええがのう。ところで例の話は誠なのか? 文を久坂に嫁がせるちゅう話は?」
梅太郎が晋作の話から玄瑞の話へと切り替えた。
「誠であります。玄瑞は防長第一流の人物、我が村塾きっての俊英、ぜひ僕の妹の婿として、いんや義弟として迎えたく存じちょります。兄上は異存御座らんか?」
寅次郎が鋭い眼光で兄を見る。
「いんや、わしは別に異存は御座らんが、父上にはもう話を通しちょるのか? 文の嫁入り先を決めるのは、寅次、お前ではなくて、あくまでも杉家の当主である父上じゃ。いくらお前が久坂を義弟にしたいちゅうても、父上が首を縦に振らねばどねーすることもできんぞ。本当に大丈夫なんか?」
「父上には近日中に話をするつもりでおります。それにもし仮に父上が駄目じゃゆうても、僕は意地でも文を玄瑞に嫁がせますので、ご心配には及びません」
心配そうな様子の兄を余所に、寅次郎はあくまでも自身の意思を貫くつもりでいた。
「最近村塾に入塾する者がようけ増えちょるみたいじゃが、お主の目に敵う奇士は見つかったんか? 寅次」
梅太郎が寅次郎に尋ねた。彼も塾の運営の一部に携わっていたため、寅次郎が塾生たちをどう思っているのか気になって仕方がない。
「奇士とゆうほどではないが、何人か目ぼしい若者ならおります」
寅次郎が質問に答える。
「まずは品川弥二郎。これといって秀でた能力はないが、温厚で心が広く、素直で正直な若者であります。次に伊藤利助。才は乏しく、学もまだまだ未熟ですが、周旋家になれる見込みがありまする」
寅次郎は淡々と塾生達の評価をしていった。
「そして吉田栄太郎。彼は一見大人しそうに見えますが、頑固で意思が強く、識見も他の塾生達より頭一つ飛び出ている若者であります。あとは松浦亀太郎もなかなか見所のある若者じゃけぇのう」
寅次郎が机の上にあった『那波列翁伝』を手に取ってぱらぱらとめくり始める。
「そうかそうか。それは何よりじゃ。あと一月前に入った高杉晋作とかはどうなんじゃ? 彼は馬廻の家の子で、明倫館にも通っちょるのじゃろう?」
寅次郎が晋作の名前を出さなかったことを訝しんだ梅太郎が尋ねた。
「晋作は栄太郎に勝るとも劣らぬ識見を持っちょるが、学を疎かにし、強情でなかなか人の言を聞き入れず、しかも侍意識が余りにも強すぎるきらいがありますので、まだ奇士とは言い難いのう」
寅次郎は首を横にふりながら言うと続けて、
「じゃが、玄瑞と比較することで晋作のその性質をうまく刺激できれば、それで彼が学問にも力を入れるようになれば、もしかしたら奇士と呼べるようになるやもしれませぬ」
と言って晋作の人物評を終え『那波列翁伝』を机の上に戻した。
「なるほど。じゃが評判を聞いた限りじゃと高杉はまるで暴れ牛のような奴じゃな。ちゃんと手綱を握らんことには暴走して誰の手にも負えんようになるぞ。そこんところは分かっちょるのか? 寅次」
「分かっちょります。じゃが余りにも強く手綱を握ろうとすると、かえって彼の良さまで潰すことになりかねませぬ。あの負けん気の強さは長所にも十分なりえますので」
寅次郎が気にすることはないと言わんばかりの調子で言う。
「だとええがのう。ところで例の話は誠なのか? 文を久坂に嫁がせるちゅう話は?」
梅太郎が晋作の話から玄瑞の話へと切り替えた。
「誠であります。玄瑞は防長第一流の人物、我が村塾きっての俊英、ぜひ僕の妹の婿として、いんや義弟として迎えたく存じちょります。兄上は異存御座らんか?」
寅次郎が鋭い眼光で兄を見る。
「いんや、わしは別に異存は御座らんが、父上にはもう話を通しちょるのか? 文の嫁入り先を決めるのは、寅次、お前ではなくて、あくまでも杉家の当主である父上じゃ。いくらお前が久坂を義弟にしたいちゅうても、父上が首を縦に振らねばどねーすることもできんぞ。本当に大丈夫なんか?」
「父上には近日中に話をするつもりでおります。それにもし仮に父上が駄目じゃゆうても、僕は意地でも文を玄瑞に嫁がせますので、ご心配には及びません」
心配そうな様子の兄を余所に、寅次郎はあくまでも自身の意思を貫くつもりでいた。