第120話 晋作対小五郎
文字数 2,078文字
桂が水戸藩士と会合をしていたころ、晋作は上屋敷内にある有備館の剣術道場にて、従兄弟の南亀五郎と剣術の稽古に勤しんでいた。
撃剣及び文学修行での江戸逗留を上役に認めれないことへの憂さ晴らしをすべく、晋作は江戸滞在中のこの従兄弟を剣術道場に連れてきては八つ当たり同然の剣術稽古をしていた。
「やああ!」
掛け声とともに晋作は亀五郎に竹刀を激しく打ち込む。
目にも止まらぬ速さで面、胴、面、胴、面、胴と竹刀を打ち込んでくる晋作に対し、亀五郎は必死でそれを捌こうと竹刀を繰り出すも防ぎきれず、転倒して道場の床に倒れ伏した。
「はあはあ……」
床に倒れた亀五郎はぜいぜいと息切れしている。
「早う立て、亀。わしはまだまだ物足りんぞ」
亀五郎を上から見下ろしながら晋作が言う。
「物足りんて、もう一刻は道場で稽古しちょるぞ……」
疲労と痛みのためか、亀五郎は苦しそうな顔をしている。
「それにこの暑さじゃ。一旦休憩にせんか?」
「何じゃ? この程度でもうばてとるのか? おめぇ、ちと修行不足なんじゃないんか?」
晋作は不服そうだ。
「わしは晋作と違うて元々剣術はあまり得意ではないんじゃ。稽古ならわしよりも強い者とすればええんじゃ」
亀五郎がゆっくりと立ち上がりながら愚痴をこぼした。
「仕方なかろう。桂さんは役に就いちょる身じゃからいろいろ忙しいし、久坂はそもそも武士ではなく医者じゃから稽古云々の話。そねぇなるとおめぇ以外に相手はおらんっちゅう寸法じゃ」
晋作はぶっきらぼうに亀五郎を稽古相手に選んだ訳を話すと、
「さあ、稽古はまだ終わっとらん。早う竹刀を構えんか」
と言って、竹刀を中段に構えた。
「そいなら僕が久々に稽古の相手になってやろうかのう、晋作」
後ろから男の声が聞こえてくる。
声の主を確かめるために晋作が後ろを振り返ると、そこには面以外の防具をつけた桂小五郎が竹刀を片手に持っているのが確認できた。
「桂さん!」
「随分精が出とるようだな。感心感心」
桂が笑いながら晋作達の側に近寄ってくる。
「柳生新陰流の目録をもろうて以降、ろくに稽古をしとらんかったものでついはしゃいでしもうた」
晋作が気恥ずかしそうに言った。
「そうかそうか。僕も丁度腕に自信がある者と稽古をしたかったところじゃけぇ、早う始めようか」
桂はまだ床に倒れている亀五郎に面を持ってくるよう指示し、亀五郎がその指示のもと慌てて桂の元に面を持ってくるとそれを付け、晋作と剣術の稽古を始めた。
二人とも竹刀を中段に構え、互いに睨み合ったまま相手がわずかな隙を見せるのをひたすら伺っている。
しばらくの間、桂も晋作も睨み合ったままであったがついに晋作がしびれを切らして、
「やああ!」
と桂の面をめがけて竹刀を打ち込んだ。
桂は無駄のない最小限の動きで晋作の竹刀を躱し、逆に晋作の右胴に竹刀をきれいに打ち込む。
「くっ!」
自身の右胴に竹刀を打ち込まれた晋作が思わず声を漏らした。
「どねぇした晋作。疲れとるんか? おめぇがこうもあっさり胴を打ち込まれるとは」
桂が竹刀を中段に構え直しながら言う。
「まだじゃ! わしは全く疲れとらん!」
晋作はむきになって言い返すと、桂同様竹刀を中段に構え直して桂と対峙する。
しばらくの間二人とも竹刀を打ち込む気配を見せることなく、互いに互いの事をじっと見据えたまま様子を伺っていたが、今度は桂がその均衡を破った。
「やあ!」
桂が晋作の面めがけて竹刀を振り下ろしてきたので、晋作はそれを竹刀で受け止めて鍔迫り合いに持ち込んだ。
少しの間、晋作と桂は鍔迫り合いしていたが、晋作が一瞬隙を見せると桂は一歩後ろにひきながら、彼の左胴に竹刀を打ち込んだ。
「二度も簡単に胴を打ち込まれるとはおめぇらしくもないのう」
涼し気な顔で桂が言う。
「今のおめぇの剣には迷いと焦りしか見えん。迷いと焦りしかな」
桂が晋作の内面をずばり指摘する。
「松島殿から聞いたぞ。おめぇ航海術の会得に挫折して、撃剣・文学修行での江戸逗留に変える事を藩の上役に願い出た挙句、ものの見事に断られたそうじゃな。そねぇ中途半端な奴の剣などこの僕にはかすりもせんぞ」
桂が晋作を挑発すると、晋作は激高して、
「黙れ! 知ったような口を聞くな!」
と言って桂に飛びかかるも躱されて、強烈な一撃を小手に叩きこまれた。
「ぐっ!」
晋作は痛みのあまり握っていた竹刀を放し一撃を受けた部分を手で押さえた。
「激情に駆られて僕に打ちかかっても無駄じゃ。今の晋作では何度やっても僕には勝てん」
冷たい声で桂が現実を突きつけると続けて、
「もしおめぇが剣術を逃げの口実ではなく、本気で究めようと考えとるんなら諸国を回って剣術を磨け。ほんで諸国の賢者達に会うて己の見識を深めよ。今のままずるずると江戸におっても、おめぇはただ腐っていくばかりじゃぞ」
と忠告した。
「おめぇ自身一番よう分かっとるはずじゃ。このままではいけんことぐらい。何もせぬままではいけんことぐらい」
桂は吐き捨てるようにして言うとそれで気が済んだのか、剣術道場をそのまま後にした。
撃剣及び文学修行での江戸逗留を上役に認めれないことへの憂さ晴らしをすべく、晋作は江戸滞在中のこの従兄弟を剣術道場に連れてきては八つ当たり同然の剣術稽古をしていた。
「やああ!」
掛け声とともに晋作は亀五郎に竹刀を激しく打ち込む。
目にも止まらぬ速さで面、胴、面、胴、面、胴と竹刀を打ち込んでくる晋作に対し、亀五郎は必死でそれを捌こうと竹刀を繰り出すも防ぎきれず、転倒して道場の床に倒れ伏した。
「はあはあ……」
床に倒れた亀五郎はぜいぜいと息切れしている。
「早う立て、亀。わしはまだまだ物足りんぞ」
亀五郎を上から見下ろしながら晋作が言う。
「物足りんて、もう一刻は道場で稽古しちょるぞ……」
疲労と痛みのためか、亀五郎は苦しそうな顔をしている。
「それにこの暑さじゃ。一旦休憩にせんか?」
「何じゃ? この程度でもうばてとるのか? おめぇ、ちと修行不足なんじゃないんか?」
晋作は不服そうだ。
「わしは晋作と違うて元々剣術はあまり得意ではないんじゃ。稽古ならわしよりも強い者とすればええんじゃ」
亀五郎がゆっくりと立ち上がりながら愚痴をこぼした。
「仕方なかろう。桂さんは役に就いちょる身じゃからいろいろ忙しいし、久坂はそもそも武士ではなく医者じゃから稽古云々の話。そねぇなるとおめぇ以外に相手はおらんっちゅう寸法じゃ」
晋作はぶっきらぼうに亀五郎を稽古相手に選んだ訳を話すと、
「さあ、稽古はまだ終わっとらん。早う竹刀を構えんか」
と言って、竹刀を中段に構えた。
「そいなら僕が久々に稽古の相手になってやろうかのう、晋作」
後ろから男の声が聞こえてくる。
声の主を確かめるために晋作が後ろを振り返ると、そこには面以外の防具をつけた桂小五郎が竹刀を片手に持っているのが確認できた。
「桂さん!」
「随分精が出とるようだな。感心感心」
桂が笑いながら晋作達の側に近寄ってくる。
「柳生新陰流の目録をもろうて以降、ろくに稽古をしとらんかったものでついはしゃいでしもうた」
晋作が気恥ずかしそうに言った。
「そうかそうか。僕も丁度腕に自信がある者と稽古をしたかったところじゃけぇ、早う始めようか」
桂はまだ床に倒れている亀五郎に面を持ってくるよう指示し、亀五郎がその指示のもと慌てて桂の元に面を持ってくるとそれを付け、晋作と剣術の稽古を始めた。
二人とも竹刀を中段に構え、互いに睨み合ったまま相手がわずかな隙を見せるのをひたすら伺っている。
しばらくの間、桂も晋作も睨み合ったままであったがついに晋作がしびれを切らして、
「やああ!」
と桂の面をめがけて竹刀を打ち込んだ。
桂は無駄のない最小限の動きで晋作の竹刀を躱し、逆に晋作の右胴に竹刀をきれいに打ち込む。
「くっ!」
自身の右胴に竹刀を打ち込まれた晋作が思わず声を漏らした。
「どねぇした晋作。疲れとるんか? おめぇがこうもあっさり胴を打ち込まれるとは」
桂が竹刀を中段に構え直しながら言う。
「まだじゃ! わしは全く疲れとらん!」
晋作はむきになって言い返すと、桂同様竹刀を中段に構え直して桂と対峙する。
しばらくの間二人とも竹刀を打ち込む気配を見せることなく、互いに互いの事をじっと見据えたまま様子を伺っていたが、今度は桂がその均衡を破った。
「やあ!」
桂が晋作の面めがけて竹刀を振り下ろしてきたので、晋作はそれを竹刀で受け止めて鍔迫り合いに持ち込んだ。
少しの間、晋作と桂は鍔迫り合いしていたが、晋作が一瞬隙を見せると桂は一歩後ろにひきながら、彼の左胴に竹刀を打ち込んだ。
「二度も簡単に胴を打ち込まれるとはおめぇらしくもないのう」
涼し気な顔で桂が言う。
「今のおめぇの剣には迷いと焦りしか見えん。迷いと焦りしかな」
桂が晋作の内面をずばり指摘する。
「松島殿から聞いたぞ。おめぇ航海術の会得に挫折して、撃剣・文学修行での江戸逗留に変える事を藩の上役に願い出た挙句、ものの見事に断られたそうじゃな。そねぇ中途半端な奴の剣などこの僕にはかすりもせんぞ」
桂が晋作を挑発すると、晋作は激高して、
「黙れ! 知ったような口を聞くな!」
と言って桂に飛びかかるも躱されて、強烈な一撃を小手に叩きこまれた。
「ぐっ!」
晋作は痛みのあまり握っていた竹刀を放し一撃を受けた部分を手で押さえた。
「激情に駆られて僕に打ちかかっても無駄じゃ。今の晋作では何度やっても僕には勝てん」
冷たい声で桂が現実を突きつけると続けて、
「もしおめぇが剣術を逃げの口実ではなく、本気で究めようと考えとるんなら諸国を回って剣術を磨け。ほんで諸国の賢者達に会うて己の見識を深めよ。今のままずるずると江戸におっても、おめぇはただ腐っていくばかりじゃぞ」
と忠告した。
「おめぇ自身一番よう分かっとるはずじゃ。このままではいけんことぐらい。何もせぬままではいけんことぐらい」
桂は吐き捨てるようにして言うとそれで気が済んだのか、剣術道場をそのまま後にした。