第146話 新たなる旅立ち

文字数 729文字

 文久二(一八六二)年二月上旬。
 約四十日程の長旅の末、晋作は遂に長崎の地へたどり着いた。
 長崎の玄関口である新大工町を通過した晋作はまず町の近くにある諏訪の社へと赴き、長い階段を登って拝殿があった辺りの空地に足を運ぶとそこから町の景色を眺めた。
「ほぉー。これが久坂や利助がゆうとった長崎かぁ……」
 その空地からは青々とした風頭山や山の麓にある寺院の一群、さらに木造の家が密集した長崎の街並みを一望することができ、快晴だったこともあり右手の方には海の景色も見えた。
「萩と同じか、それ以上にきれいな眺めじゃのう……もっと早うここへ来たかったな……」
 景色を眺めながら晋作が独り言を呟く。
「しっかし江戸から長崎までも大分時を要したが今度はここから清国へと向かわねばならんけぇ、今まで以上に辛い旅になるであろうな……」
 晋作は江戸から長崎までの旅路を思い出しながら一人不安と憂鬱に襲われる。
 南から春の生暖かい風が晋作の頬を撫でるように吹く。
 しばらくの間、暗い気持ちで長崎の風景を眺めていた晋作は懐から一通の文を取り出す。
「死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらばいつでも生きるべし。僕が所見にては生死は度外に置いて、唯言うべきことを言うのみ」
 かつての師であった寅次郎からもらった文の一節を声を出して読むと、晋作は改めて決意を固めたのか、
「いけんいけん! わしは何を弱気になっちょるんじゃろうか!」
 と言って自分の両頬を「ばしっ!」と両手で叩いた。
「わしにゃあまだ大業を為せる見込みがあるけぇ、こねぇな所で立ち止まっちょる暇はないっちゃ! 早う幕府の軍艦がある港へ向かおう!」
 晋作は文を懐にしまって意気揚々と長い階段を下り始めた。
 

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