第124話 壬生の城下町

文字数 1,206文字

 加藤と面会した翌日、晋作は笠間城下をあとにして下野国の宇都宮城下へと旅立ち、そこからさらに日光、鹿沼を経て壬生城下にたどり着いた。
 壬生は笠間や土浦よりも小さい城下町であったが、江戸三大流派の一つである神道無念流の開祖福井兵右衛門の故郷であったため、笠間や土浦以上に剣術の盛んな土地であった。
 土浦や笠間で剣術試合を断れた晋作は宇都宮や日光でも剣術試合を申し込むがものの見事に断られ、何度も断られ続けることに不信感と失望感を感じながらも一縷の望みをかけてこの壬生城下を訪れ、壬生の士との文のやり取りを通じてついに聖徳太子流の遣い手である松本五郎兵衛と剣術試合をすることが決まった。
 五郎兵衛と剣術試合をすることが決まった日の夜、晋作の泊まっている旅籠に三十くらいの侍が晋作を訪ねてきた。
「お初にお目にかかっ。儂は肥前鍋島家家中の田中竜之助と申す者たい。貴殿が長州の高杉晋作殿で間違ぎゃあにゃあか?」
 田中竜之助と名乗る肥前侍が晋作に尋ねる。
「如何にもわしが高杉晋作じゃがなしてわしの事を知っとるんじゃろうか? それにこねぇ夜更けに一体何用あって参られたんか? 田中殿」
 晋作が訝し気に尋ね返す。
「実は儂も貴殿と同じく松本五郎兵衛殿と剣術試合すっことになっとっけん、それで貴殿に挨拶に参った次第ばい」
 竜之助が晋作を訪ねた訳を最初に説明すると続けて、
「貴殿の素性については五郎兵衛の門弟から伺い知った。長州の侍に会うんは真に久しぶりたい。明倫館の内藤作兵衛殿に剣の教えを乞うていた頃が懐かしゅう思えてくっ」
 と晋作の名を知った訳についても語った。
「何っ! 田中殿も作兵衛先生の元で剣を学んどったんか?」
 晋作が驚いたような表情で竜之助に尋ねる。
「左様。まだ儂が佐良雄蔵ゆうん名を名乗ってた時けん、今から約八年程前か。剣術修行で長州におってな、作兵衛殿にはそん時にいろいろ世話んなった。あいだけの剣の技量と器を兼ね備えたん侍はなかなかおらんばい。作兵衛殿は長州の宝たい」
 竜之助が作兵衛のことを絶賛すると、晋作はうれしそうな顔で、
「剣術修行のために江戸を出立してからというものあまりいいことがなかったが、ついにわしにも運が向いてきたようじゃな!」
 と言うと続けて、
「そうじゃろうそうじゃろう! 作兵衛先生は儂の剣術の師であり尊敬しとる侍の一人でな、今のわしがあるんはあのお人のお陰っちゅうても言い過ぎではないとさえ思うとる! まさかこねぇな田舎で作兵衛先生の知人に会えるとは夢にも思わんかった!」
 と作兵衛に剣術を教えてもらっていた時の事を思い出しながら熱く語った。
「それは儂も同じ気持ちたい。こん下野の小さな城下町でまた長州の侍に会えっとはよか縁ばい。いつか貴殿ともじぇひ剣の手合わせをしちゃあもんばい」
 作兵衛がにっこり笑いながら言う。
「ぜひ手合わせを致しましょうぞ! 田中殿!」
 晋作も満更でもない顔つきだ。
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