第82話 抗議する塾生達

文字数 1,360文字

 安政五(一八五八)年十二月。
 藩政府により寅次郎が野山獄に再獄されることが決定すると、佐世八十郎や吉田栄太郎、入江杉蔵、品川弥二郎、作間忠三郎といった塾生達が、真夜中なのにも関わらず周布政之助の屋敷に押しかけて、寅次郎の投獄を阻止しようと行動をおこした。
「何度もゆうちょるじゃろう! 旦那様はおめぇ等なんぞにはお会いになられねぇ! 分かったらとっととけぇんな! この大馬鹿者共が!」
 屋敷の門前に押しかけてきた佐世達に対し、周布に仕えている小者の伝兵衛が口汚く罵って追い返そうとした。
「そねーな訳にいくか! わしらは何としてでも周布様にお会いするんじゃ! そして何故先生を野山に再獄することに決めたのか、訳を説明して頂く!」
 佐世達も負けじと伝兵衛に言い返して意地でも屋敷内に入ろうとする。
「しつこい奴らじゃ! 旦那様がこねー夜更けに押しかけてきよるような無礼者共と話すことなどある訳なかろう! いい加減さっさとけぇったらどうじゃ?」
 伝兵衛は佐世達を屋敷内に入れまいと必死になって食い止めている。
「うるさいぞ、伝兵衛。一体何を騒いじょるんじゃ?」
 屋敷の奥で門前の騒ぎを聞きつけた周布が姿を現した。
「だ、旦那様! こやつらが旦那様に会わせろと先程から申しておりまして……。帰るように何度もゆうたのですが全く聞く耳を持たず、それで……」
 周布が姿を現したことに驚いた伝兵衛はしどろもどろになりながら状況を説明する。
「貴様等はもしや寅次郎の弟子達か?」
 伝兵衛の説明で状況を何となく察した周布が佐世達に尋ねた。
「左様であります! わしは松下村塾の門下生の一人で大組士の佐世八十郎であります! 周布様にはどねーしても先生を野山に再獄した訳を伺いたく、夜分遅くに無礼を承知ながらここに参りました!」
 塾生達を代表して八十郎が周布の質問に答える。
「寅次はまっこと弟子達に慕われちょるのう。感心なことじゃ」
 周布はうれしそうに言うと今度は険しい顔つきになって、
「あ奴を野山に再獄することに決めたのは、寅次自身の身を守るためなのじゃ。もし寅次が京で間部下総守の暗殺など試みようものなら、暗殺の成否に関係なく寅次は幕府に捕らえられ、きっと首を刎ねられることになるじゃろう。寅次は何かと人を困らせる男ではあるが、我が藩の有為の人財であることには変わりない。じゃけぇその人財を失わせないためにも、寅次には野山獄で頭を冷やしてもらわねばならん。しかるべき時がきたら必ず出獄させるけぇ、どうかそれまでの間は堪えてくれろ」
 と佐世達に訳を話す。
「その話に嘘偽りはありませぬな? 本当にしかるべき時がきたら、先生を野山獄から出してくれますな?」
 入江が周布に詰め寄りながら尋ねると、栄太郎や品川もその後に続いた。
「真じゃ。武士に二言はない」
 周布は時がきたら寅次郎を出獄させることを固く誓う。
「よし、もうええじゃろう! 今日のところはこれで引き上げよう! では周布様、今のお言葉くれぐれもお忘れなきようお願い申し上げまする」
 周布に寅次郎の出獄を約束させた八十郎は、まだ釈然としない様子でいる他の塾生達とともにその場をあとにした。




 こうして周布との面会には成功した佐世達であったが、後日藩から城下を騒がした罪により謹慎に処されてしまった。
 
 
 
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