第140話 利助達の頼み事

文字数 1,404文字

 十二月も下旬にさしかかった頃、桜田の長州藩邸内にある晋作の固屋に伊藤利助と野村和作がやって来て、久坂一派に力を貸すよう晋作に頼みごとをしていた。
「高杉さん! 一生の頼みじゃ!」
 和作と利助が頭を床に擦り付けながら懇願する。
「長井失脚のため、破約攘夷のために力を貸してくれろ! 安藤対馬守等の奸計で和宮様が公方様の御台所となり、長井の『航海遠略策』が着々と進められちょる今こそ高杉さんの助けが必要なんじゃ!」
 和作は何としてでも晋作を久坂一派に引き込もうと必死だ。
「悪いな、和作」
 晋作はばつの悪そうな顔をしながら言うと続けて、
「今のわしは若殿様の御番手に就いちょる身じゃけぇ、お主等と行動を共にする訳にはいけんのんじゃ。それに父からお主等とは関わってはいけん、名門高杉家の名を傷つけるような真似をしてはいけんとゆわれとるけぇ、わしの事は余り当てにせんでくれんかのう」
 と和作の申し出を断った。
「ならばなして高杉さんは一灯銭申合に入ったんじゃ?」
 利助が怖い顔をして晋作に尋ねる。
「利助、何故おめぇがそねぇこと知っとるんじゃ?」
「今日早飛脚で萩におる杉蔵から文をもろうたんです。その文にわし等だけでなく高杉さんにも一灯銭申合に入るよう文を送ったら、わし等と共に高杉さんも一灯銭申合に入ることを承諾してくれたと書いとりましたんでそれで知った次第であります。一灯銭申合に入ったっちゅうことはわし等と共に行動することを決心してくれたっちゅうことではないんですか? わし等と共に長井の失脚や破約攘夷断行のために動いてくれるんではないんですか?」
 利助が何故自分達に協力してくれないのか理解できないと言わんばかりの口調で言うと晋作は困った表情をして、
「わしが一灯銭申合に入ったんは一灯銭申合があくまで寅次郎先生の著書の写本を作って売って銭を貯めることが目的の会じゃと杉蔵の文にあったからじゃ。破約攘夷や長井失脚のための会でなければ藩や父から咎めだてされることはないからの。長井や姑息な幕吏の連中のやり口には憤っちょるが、わしにも立場っちゅうもんがあるけぇ、軽はずみなことはできんのんじゃ。そこの所を分かってはもらえんじゃろうかのう」
 と利助達に自分は協力できないことを改めて述べた。
「全く分かりませんし、理解できません!」
 晋作の言い分に納得のいかない和作が反発する。
「今この神州は対馬がオロシアに不法に乗っ取られ、安藤対馬守や長井とゆうた奸物達が跋扈しとる危機的状況なのですよ! 御父上や若殿様への忠孝の道も大事なことではありますが、それ以上にこの神州を潰さんとしとる外夷や奸物共を退治することは大事なことじゃとわしは思うとります! この神州が滅んでしもうては藩も何もあったものではありませんからの! 高杉さんはそこの所、分かっとるんですか?」
 和作が晋作を問い詰めるような口調で責め立てた。
「分かっとる! それもよう分かっとるつもりじゃ!」
 晋作はすっかり困り果てている。
「いんや、分かっとりません! 高杉さんはわし等にとっちめられて苦し紛れにそねぇゆうとるだけであります!」
 和作は晋作の言葉をきっぱりと否定すると最後に、
「明日また利助と一緒にここに来ます! 高杉さんがわし等に力を貸すと誓うまでわし等は何回でも説諭しにここに来るつもりじゃけぇ、肝に銘じておいてくれろ」
 と言って利助共々晋作の固屋から退散した。

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