第114話 百日祭
文字数 1,454文字
雅との婚礼から一月余り後、杉家において寅次郎の百日祭が行われた。
寅次郎の百日祭には杉百合之助や瀧、梅太郎などの杉家の面々の他に、晋作や玄瑞、品川弥二郎、中谷正亮、作間忠三郎、松浦松洞、佐世八十郎などの村塾の門下生が集まり、慎ましやかに寅次郎の死を悼んだ。
百日祭を終えた後、護国山中腹に位置する団子岩の杉家墓地に、江戸から届いた寅次郎の遺髪を埋めるべく、杉家の人々と村塾の門下生達は団子岩へと足を運んだ。
「済まんのう、久坂」
梅太郎や八十郎、中谷達が寅次郎の遺髪を埋めるべく、鍬で穴を掘っているのを横目に見ながら、晋作が済まなそうに謝罪した。
「何が済まんなのじゃ? 晋作」
晋作にいきなり謝られた久坂は不思議そうな顔をしている。
「わしは洞春公以来の譜代の名門高杉家の嫡男じゃ。その高杉家の主である父上からおめぇ達との交際を禁じられちょるけぇ、おめぇ達の活動に協力できそうもないっちゃ」
晋作が寂しそうな表情をしながら言った。
「じゃがわしが先生のことを心から尊敬し、敬愛しちょることに何の嘘偽りはない。今でも村塾の塾生の一人であることを誇りに思うとる。じゃけぇこうして今日、先生の百日祭に参加した……」
先生や村塾への思いを語る晋作はどこかやるせない様子でいる。
「別に気に病む必要はないぞ、晋作」
久坂は笑いながら言った。
「晋作はわしらとは違い名門の生まれじゃけぇ、いつかわしらから離れねばならんようになるじゃろうことは既に覚悟しちょった。先月晋作が妻を迎えたんも、所帯を持たせることで身を落ち着かさせようとする御父上のご意向によるものなのじゃろう?」
久坂に図星をつかれた晋作は無言のままこくりと頷く。
「亡き寅次郎先生の遺志はわしらが必ず継ぐけぇ、晋作は高杉の家を、高杉の血を守ることだけを考えちょればそれでええっちゃ。わしらの力だけで藩に先生の考えを認めさせ、いつの日にか、この長州そのものを尊王攘夷一色に染め上げて見せちゃるけぇのう!」
久坂は心のうちにある熱い思いを抑えきれなくなったのか、右こぶしをぎっと握りしめて天高く突き出した。
「はは! それは御大層な志じゃのう」
晋作は藩をもかえようとしている久坂の野望に感心している。
「わしも久坂ほど大層なものではないが新たな志を見つけた」
「おお! してそれはどねーな志なのじゃ」
久坂は興味津々な様子で尋ねてきた。
「今、藩の上役は洋式兵学や軍艦の製造、運用術を導入することに躍起になっちょるけぇ、わしもその時流にのって軍艦の運用術や天文地理の術を学ぼうと思うとるのじゃ。おめぇも前にゆうとったろう。西洋の知識や技芸を少しでも多く学び、吸収することが、先生の弔いにもなるし、先生の志を継ぐことにもなると。今のわしもおめぇと同じ思いじゃ。おめぇ達に協力できずとも、西洋の知識や技芸を会得して、異人達の襲来に備えることはできる。別に西洋の知識や技芸を学ぶこと自体は父上には禁じられちょらんけぇ、これがわしなりの精一杯の抵抗じゃ」
晋作は覚悟に満ちた顔で自身の決意を語ると、久坂はふっと軽く笑って、
「ええと思うぞ。晋作らしくて。まっこと晋作らしくて、ええ志じゃと思うぞ」
と同意を示した。
この会話から二月後の万延元(一八六〇)年閏三月。
晋作は藩から航海運用稽古のために軍艦丙辰丸に乗っての江戸行きと、海軍の蒸気科修行のために江戸にある幕府軍艦教授所入りを命じられ、椿東にあった恵美須ヶ鼻造船所から丙辰丸に乗って江戸へ行くこととなった。
寅次郎の百日祭には杉百合之助や瀧、梅太郎などの杉家の面々の他に、晋作や玄瑞、品川弥二郎、中谷正亮、作間忠三郎、松浦松洞、佐世八十郎などの村塾の門下生が集まり、慎ましやかに寅次郎の死を悼んだ。
百日祭を終えた後、護国山中腹に位置する団子岩の杉家墓地に、江戸から届いた寅次郎の遺髪を埋めるべく、杉家の人々と村塾の門下生達は団子岩へと足を運んだ。
「済まんのう、久坂」
梅太郎や八十郎、中谷達が寅次郎の遺髪を埋めるべく、鍬で穴を掘っているのを横目に見ながら、晋作が済まなそうに謝罪した。
「何が済まんなのじゃ? 晋作」
晋作にいきなり謝られた久坂は不思議そうな顔をしている。
「わしは洞春公以来の譜代の名門高杉家の嫡男じゃ。その高杉家の主である父上からおめぇ達との交際を禁じられちょるけぇ、おめぇ達の活動に協力できそうもないっちゃ」
晋作が寂しそうな表情をしながら言った。
「じゃがわしが先生のことを心から尊敬し、敬愛しちょることに何の嘘偽りはない。今でも村塾の塾生の一人であることを誇りに思うとる。じゃけぇこうして今日、先生の百日祭に参加した……」
先生や村塾への思いを語る晋作はどこかやるせない様子でいる。
「別に気に病む必要はないぞ、晋作」
久坂は笑いながら言った。
「晋作はわしらとは違い名門の生まれじゃけぇ、いつかわしらから離れねばならんようになるじゃろうことは既に覚悟しちょった。先月晋作が妻を迎えたんも、所帯を持たせることで身を落ち着かさせようとする御父上のご意向によるものなのじゃろう?」
久坂に図星をつかれた晋作は無言のままこくりと頷く。
「亡き寅次郎先生の遺志はわしらが必ず継ぐけぇ、晋作は高杉の家を、高杉の血を守ることだけを考えちょればそれでええっちゃ。わしらの力だけで藩に先生の考えを認めさせ、いつの日にか、この長州そのものを尊王攘夷一色に染め上げて見せちゃるけぇのう!」
久坂は心のうちにある熱い思いを抑えきれなくなったのか、右こぶしをぎっと握りしめて天高く突き出した。
「はは! それは御大層な志じゃのう」
晋作は藩をもかえようとしている久坂の野望に感心している。
「わしも久坂ほど大層なものではないが新たな志を見つけた」
「おお! してそれはどねーな志なのじゃ」
久坂は興味津々な様子で尋ねてきた。
「今、藩の上役は洋式兵学や軍艦の製造、運用術を導入することに躍起になっちょるけぇ、わしもその時流にのって軍艦の運用術や天文地理の術を学ぼうと思うとるのじゃ。おめぇも前にゆうとったろう。西洋の知識や技芸を少しでも多く学び、吸収することが、先生の弔いにもなるし、先生の志を継ぐことにもなると。今のわしもおめぇと同じ思いじゃ。おめぇ達に協力できずとも、西洋の知識や技芸を会得して、異人達の襲来に備えることはできる。別に西洋の知識や技芸を学ぶこと自体は父上には禁じられちょらんけぇ、これがわしなりの精一杯の抵抗じゃ」
晋作は覚悟に満ちた顔で自身の決意を語ると、久坂はふっと軽く笑って、
「ええと思うぞ。晋作らしくて。まっこと晋作らしくて、ええ志じゃと思うぞ」
と同意を示した。
この会話から二月後の万延元(一八六〇)年閏三月。
晋作は藩から航海運用稽古のために軍艦丙辰丸に乗っての江戸行きと、海軍の蒸気科修行のために江戸にある幕府軍艦教授所入りを命じられ、椿東にあった恵美須ヶ鼻造船所から丙辰丸に乗って江戸へ行くこととなった。