第83話 恋教え鳥 - 鶺鴒鳴(せきれいなく)

文字数 420文字

 小さな包みを手に、婆さまの家を訪ねる。手折られた露草の色が涼やかで、質素ながらも芯のとおった佇まいである。
 若安兵衛さんからにございます。長兵衛は風呂敷をほどく。十五夜の折にはどうにも手が回らぬゆえ、本日お届けするのをお許しいただきたい、と。
 滅相もない、ありがたいことで。むかしから、爺さまは安兵衛さんの菓子以外は食べませんでしたけん。婆さまは薯蕷饅頭(じょよまんじゅう)を押し戴くように、仏壇へお供えされる。

 暖簾を継がれても、味は変わりませぬか、と長兵衛。
 あとは鶺鴒(せきれい)でも来れば、ますます良うなるでしょう。婆さまの皺がくしゃ、と形を変える。ほっほっと小さな笑い声が漏れ、骨ばった手が上下した。

 川べりを戻る長兵衛の前を、白と黒の小鳥が歩いておる。長い尾のひょこひょことする後ろから声をかけてみる。
 教えてくれるのか。
 小鳥は立ち止まったかと思うとこちらをちらり見て、飛び去った。
 甲高い鳴き声が、澄み渡った青い空に吸われていく。
  



<了・連作短編続く>
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