第22話 寒稽古 - 款冬華(ふきのはなさく)

文字数 414文字

 すこ。矢は、的から大きく逸れて、脇の土 −安土(あづち)− へ刺さる。
 ざざ。手前で失速して矢道(やみち)を擦る。掃き矢である。
 かん。的枠にはじかれる。

 倅の姿を遠目に、安兵衛(やすべえ)は黙って立っている。
 菓子屋の大旦那、今は気儘な隠居の身。若い頃は、金兵衛、久兵衛(きゅうべえ)と並んで三羽鴉と呼ばれた弓の名手であった。お社さんへ奉納したこともある。倅が道場へ通いはじめたのは無理もないことだが、もう十年にもなろうか。
 気にならぬといえば嘘になる。

 隣で長兵衛がしゃがみ込む。蕗の薹(ふきのとう)が出てまいりました。そう言えば、若安兵衛さまの春の作は、これをあしらった練り切りで。緑だけだがそれはそれはお見事な濃淡で、そして甘いだけではなく旨いのです。のれんを継がれるとは、工夫をつづけることなのですな。
 安兵衛の目頭が不意に熱くなる。花はここ、茎は地の中を這い、葉は別のところに大きく育って。
 うむ。儂には、物申すことはない。

 ぱんっ。澄んだおとが響いた。

<了・連作短編続く>
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