第21話 年越詣 <大寒>

文字数 683文字

 お社さんに(しつら)えた壇上から年男の安兵衛が豆を撒く。
 福は内。
 菓子屋の大旦那、その手は大きく、声は朗々と響き渡る。
 隣に立つ年女は杖をついた小柄な婆さま。年男よりも一回り年季が入っている。小さな手で豆を掴もうとする婆さまに、安兵衛は豆の入った枡を低目に差し出す。
 婆さまは安兵衛に目礼すると精一杯の声で、
 福は内。
 境内に歓声があがり、雲の切れ目からお天道さまが顔をのぞかせる。
 歳の数ほど豆を食べたなら、腹をこわしてしまいましょう、と婆さま。その分は、あのものたちにお任せくださいと安兵衛がささやいて、長兵衛と銀兵衛の居るあたりに目を遣る。年女と年男は顔を見合わせて笑う。


 長兵衛は手桶を携えて歩く。川へ降りて水を汲んでいると、鴨のつがいが水面をすべってゆく。
 節分祭のあと、金兵衛はお社さんのあちこちにはたきをかけ、銀兵衛と長兵衛は固く絞った古布で拝殿の床を拭く。二度三度とゆすぎ、絞り、拭く。
 ついで庭から鳥居にかけて掃き清める。水仕事のあとの手に風が寄ってくる。
 今夜、お参りなされる方々もあろうから、きちんとしておかねばな。ご苦労さん。
 そう言って金兵衛が蕎麦屋へ連れて行ってくれた。温かい蕎麦が身体じゅうに沁みわたり、長兵衛はそっと息を吐いた。


 底冷えのする晩である。
 あの鴨たちはどこのねぐらにあろうか、二羽で暖め合っているであろうか。
 長兵衛は首元に手ぬぐいを巻き付けて外へ出る。十三夜のお陰で、歩いてゆくことができる。
 鳥居の前まで来たとき、雪が降りはじめた。月あかりを弾ませ、意思を持つもののように舞う。
 蛍、と長兵衛は思うた。


<了・連作短編> 
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