第56話 麦の秋 - 麦秋至 (むぎのときいたる)

文字数 426文字

 ついこの間まで緑に揺れていた畑が、みるみる色づいた。銀兵衛と長兵衛は思わず、畦道をゆく足を止める。
 麦踏みをしたは、ついぞこの前のように思うのだが、と銀兵衛。
 ほんに、早いものよ。長兵衛がこたえる。

 夕暮れ前の柔らかな日が風を携えて、実りのいろは幾重にも重なって広がる。これぞまことの黄金ではないかと銀兵衛は思う。
 燕が穂のすれすれを目がけ、すべるように進んだかと思えば、すいと空を目指し去ってゆく。新たな風を添えられて、麦の波は右へ左へ、向こうへこちらへ、さわ、さわさわと。
 金兵衛さんのいろ、と銀兵衛は独りごちる。
 わたしはどんな銀であるだろうか。そもそも、そのいろの名をわたしが名乗っていてもよいものか。
 長兵衛はなんのいろであろうか。
 波間からあらわれた天道虫が、真上へと舞い上がる。一面の金にも負けぬそのいろ。
 赤、なのか。

 日暮れの前に、戻ろうぞ。
 長兵衛の声に、銀兵衛は我にかえり、そろそろ刈り入れだなと笑うてみる。


<了・連作短編続く>
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