第38話 白木蓮 - 雀始巣(すずめはじめてすくう)

文字数 428文字

 ときに木肌に触れながら、源兵衛はその周りをぐるり、と一周する。身を屈め、大きな白い花びらをいくつか拾い上げた。
 反物屋を隠居して、ここに落ち着いてから随分とたつ。道楽の染め物を始めるにあたり、川べりという場所ももちろんだが、庵の(はた)にある大きな白木蓮(はくもくれん)に惹かれてやって来たというのも、ある。
 こんもりとはち切れんばかりであった蕾が、日に日にその白を惜しげもなく広げたと思えば。散ったばかりの花びらのへりはもう茶色く、土に還る支度をしている。
 それもまた美しい、と源兵衛は思う。
 さえずる声に顔をあげると、おお、雀が。
 新しい巣をかけているのであろう、しきりに雨樋のあたりに出たり入ったりしている。

 目を移せば、あちらの川岸を駆けていくのは長兵衛か。あらかた金兵衛にでも急ぎの用を言いつかったのであろう。
 みるみる遠ざかる、足さばきの若いことよ。

 季節はめぐり、いのちはめぐり。
 
 源兵衛は庵に戻り、手に持った花びらを床の間へ散らした。

 
 <了・連作短編続く>
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