第80話 鈴虫 - 禾乃登 (こくものすなわちみのる)

文字数 440文字

 拝啓 久兵衛(きゅうべえ)どの

 はじめて空を飛びました。
 羽だけになったなら、世界はこんなに広かった。
 ふらり、風にあおられたのを鳥が捕まえてくれたらしく。雲の濃いところと薄いところがつらつらと行き合い、地上よりずっと早くから秋の仕度(したく)がなされていると知りました。なんと浅はかであったことか、季節が来たとあなたに告げているのは、わたしだと思い込んでおったのです。
 思い込みはよろしくありませんね。
 あそこをたゆたうものも、雲だと決めずに五感を越えてみれば。あれは、気配を変えながら彼方の世界へ向かう、たましい。

 鳥の姿が遠ざかっていきます。くちばしからこぼれてしまったわたしは、どこへ向かうのでしょう。
 運よく地上に戻れたならもう一度、奏でて差し上げたいのですが、わたしはもう、ただ一枚の羽でしかなくて。

 かしこ
          鈴虫


 
 お主にこれを託したはどのようなお人であったのか。
 姿は見ておりませぬ。

 稲の穂先より手が出てまいりまして、とは言えない長兵衛であった。

<了・連作短編続く>
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