第58話 青紫蘇 - 螳螂生 (かまきりしょうず)

文字数 432文字

 葉をむしれば澄んだ匂いが体中を、周りの風を染めていく。
 長兵衛は、ほうっとため息をつく。
 安兵衛のお内儀がくすり、とする。
 憂いではなく、良きものが溢れてくるようです。長兵衛が言うと、お内儀は顔をくしゃりとされた。腹ごしらえしておいきなさい。
 
 安兵衛は菓子屋の大旦那で、楽隠居の身である。甘いものに限らず、旨いものに目がない。めしを炊いているところへ、お内儀と長兵衛は青紫蘇を抱えて入る。
 あら、とお内儀。
 刻もうとする葉に白い影が動く。
 あぶらむしを食べていたのですね。立派な蟷螂(とうろう)になっておくれ。
 大きくなれるはほんの少し。鳥などにやられる。鳥もまた鴉やらに捕まって。鴉さえ一生を全うするは難儀だ。長兵衛はじっと小さな鎌を見る。
 お内儀が勝手口のあちらへ、蟷螂の子をふっと吹いた。
 忍術のように飛んだと思うたかもしれんな、と安兵衛が笑った。

 紫蘇めしをいただいて戻る道を澄んだ風が駆けていく。
 儂も、どなたかに吹いてもろうたのやもしれぬ。

<了・連作短編続く>


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