第68話 蝉時雨 - 鷹乃学習 (たかすなわちわざをならう)

文字数 425文字

 山道を辻までくだると、銅十郎はしゃがみ込んだ。蝉の声に囲まれ、またたく間に額に汗がにじむ。
 十二になり、金兵衛の弟子である己を誇らしく思うておる。
 けれども。
 一番弟子の銀兵衛は、峠の向こう、呉服屋への用事。二番弟子の長兵衛は、和尚さんへ言伝てに出かけて行った。
 おれは。
 そんなら、やることをこさえよう、と思うた。地蔵さんのまわり、枯れた草を除き、よだれかけの埃をはらい、布切れで体を拭いて差し上げた。

 銅十郎。
 宮司さんがにこにこしながらこちらを見ておられる。
 大きゅうなったなあ、またひとつ。
 もっと、背丈が伸びたらなあと思うのです。
 背丈か。長兵衛を越えるのではないか。
 まことですか。銅十郎が顔を輝かせると、宮司さんはにこにこしたまま、静かに仰った。
 背丈だけならばすぐに。

 銅十郎のまわりの蝉時雨が、止んだ。

 おれ、大きくなりたいです。
 宮司さんが頷いて、お社の方へ戻っていかれる。
 蝉がまた、いっせいに騒ぎ出した。

<了・連作短編続く>

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