第48話 春時雨 - 牡丹華(ぼたんはなさく)

文字数 408文字

 菓子屋の店先、右手に置かれた鉢に金兵衛は顔を寄せた。やさしい香りであることよ。
 左手の鉢に、同じように鼻を近づけた銀兵衛は怪訝な表情を浮かべる。いや、私にはとんとわかりませぬ。
 はは、銀兵衛。お主のは牡丹で、儂のは芍薬ぞ。ほれ、見てみい、葉の形も違うであろう。どちらも安兵衛が手塩にかけただけのことはある。
 折角父が届けてくれましたのに、先だっての時雨にあたってしまい、蕾がどうなるかとやきもきしておりました。店主がのれんの向こうから声をかけてくる。
 それは、どうですかな。金兵衛は花から目を離さずに言う。
 雨にあたろうが咲くものは咲きまする。肥やしをやろうが咲かぬものは咲きませぬ。
 金兵衛はゆっくりと腰を伸ばす。
 のう、若安兵衛殿。お父上が丹精をこめられた、とはそういうことでございましょう。
 店主の顔がきりり、と引き締まる。

 この柏餅の味もますます引き締まることであろう、と長兵衛は思う。

<了・連作短編続く>
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