第27話 初音 - 黄鶯睍睆(うぐいすなく)

文字数 424文字

 断然、(わし)は白なのだ。冬から春へ向かう気配がきりりとするように思うて。
 安兵衛はそう言いながら木の間を歩く。幼馴染の金兵衛と久兵衛とともに綻び始めた梅の香りを楽しむ。
 だから、白で揃えるように頼み込んでな。
 菓子屋の大旦那、隠居後の道楽はこの小さな梅林。
 とても腕のいいお方であったが、見込み違いというのはおこるのだな。一本だけ、紅なのだ。
 安兵衛はあちらの木の下にいる婆さま、長兵衛、銀兵衛の方に目を遣る。

 うちの爺さまは、木やら花やら、しごする(*)のが達者でしたけん。ここの梅も安兵衛の大旦那さまが声をかけてごされて。こうして咲いて、爺さまもあっちで喜んどるでしょう。
 銀兵衛が相槌をうつ。あの折に直に手ほどきを受けたのが今でも役に立っております。
 おや、初音ですな。
 まだ遠慮がちなおとが、一同の耳をしっかり捉える。
 もう一鳴き。

 わしが紅が好きだったもんですけん。
 婆さまがそう微笑まれたを長兵衛だけは知っている。

 
 <了・連作短編続く>
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