第2話 留紺 - 山茶始開(つばきはじめてひらく)

文字数 408文字

 峠の向こうで、日が傾き始めた。この調子なら、(かげ)るまでに帰りつけることだろう。下り坂に差し掛かり、ざ、ざ、と地を踏みしめながら、長兵衛はゆく。忍び込む風が、随分と冷たくなってきた。 
 左の手に、大切に抱えている。深い深い、どこまでも深い藍の風呂敷。

 留紺(とまりこん)というのだと、大家の金兵衛に教わった。もう、これ以上はないというくらいに、染めて染めて、染め抜いた逸品である。金兵衛に頼まれて、掛け軸を隣町まで届けてきたところだ。

 つつがなくお役目を果たしたことを報せに寄ると、飯の匂いに腹がぐう、と鳴る。
 ご苦労さんだったね、長兵衛。めばるのいいのが入ったから、今夜は泊まっておいき。 
 寒かったら、風呂敷を首元に巻いておいでと言ったろう。おや、何か入れてきたのかい。 
 結び目を解いた金兵衛の顔が綻ぶ。 
 枝の落ちたのがありましたので、そっと持ち帰らせてもらいました。 
 藍の中で、山茶花が(わら)っていた。

 <了・連作短編続く>
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み