第74話 溝蕎麦(みぞそば)- 涼風至(すずかぜいたる)

文字数 428文字

 雲の行き先を眺める。
 空の高いところで、夏と秋が行き合うて何やら話でも交わしたものだろうか。朝夕の風がほんの少しだけ色を変えたように、久兵衛(きゅうべえ)には思われるのである。
 こうして水を打つのも、もうあとしばらくのことかもしれぬ。
 柄杓と桶をしまうと、すぐ近くに住まう、幼馴染にしてやもめ仲間の顔でも見に行こうか、と思う。

 おーい、金兵衛、おらぬのか。
 つい先ほどお出かけになりました。弟子の長兵衛が、勝手口より姿を見せる。
 そうか。そんなら長兵衛よ、ちと付き合え。
 橋にさしかかると川の両端が広く見渡せる。
 こんなところに蕎麦の花が咲きましょうや。首を傾げる長兵衛。
 あれか。よう似ておるが溝蕎麦というてな。少し、花が赤いであろう。
 食べられましょうか。
 そうさな、さっとゆがいて酢味噌などでな。

 旦那、いつものもりでようございますか。
 いや、かけでもらおうか。
 器から立ち上る湯気に、二人の男の額から汗がふきだす。それを、風が撫でていく。

 
<了・連作短編続く>
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