第70話 筒姫 - 桐始結花 (きりはじめてはなをむすぶ)

文字数 441文字

 日当たりの良い庭先に桐がまっすぐに伸び、大きな葉が影を落とす。
 長兵衛が運んできた茶を啜り、久兵衛(きゅうべえ)は縁側で項垂れる倅の方を向いた。
 それで、宗兵衛(そうべえ)
 わからぬことが多すぎるのです。建具屋で修行中の若者は呟いた。

 添えられた梅干しに頬をすぼめ、久兵衛は口を開く。
 夏は筒姫、と言うが。
 はあ、春は佐保姫、秋は竜田姫、冬は宇津田姫。先だって銅十郎に教えてやりましたが。
 東に佐保山、西に竜田山。筒姫は南、宇津田姫は北、山は誰にもわかりませぬ、と元気の良い高めの声が、俯いたままの宗兵衛の耳の奥にひびいてくる。
 
 まんまよ。
 えっ、と宗兵衛は顔をあげる。
 山の名はわからぬ、といって夏や冬がないわけではあるまい。それに、と久兵衛はあちらの方を示した。ひとつところからは見えぬことなど、な。
 長兵衛が庭の端から手招きしている。
 宗兵衛は立ち上がって並んでみる。青い葉だと思っていた向こうに淡い紫の花が見え隠れして。

 おとっつぁん、と宗兵衛の声が震える。
 
 <了・連作短編続く>
 
 


 
 
 
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み