第69話 外寝 <大暑>

文字数 638文字

 蝉の声を背負うて歩を運んでおると、辻の右手に小さく地蔵さんが姿を現した。
 左には雲の梢。豊かな枝が張り出し緑から黒への移ろいが長兵衛を誘う。風がおかえり、ご苦労さんと言うて身体を撫でてゆく。
 ここいらでひと休みするのも良かろう。
 腰掛けてみたものの、肩より下ろした荷があまりにも頭のかたちに丁度良く。
 長兵衛が寝息をたてはじめたのは、間もなくのことであった。

 梢ちかくの枝では(からす)が羽を休めておった。男の側へ降りて、二本の足でぴょいぴょいと跳び、ふところのあたりを引っ張ってみたりなどする。
 かりんとうのかけらを器用にくちばしですくいとる。

 地蔵さんの向こうからは、ぶらぶらと犬が歩いてきた。匂いを嗅ぎながら、男の周りをまわる。男が寝返りをうち、犬は一瞬動きを止める。頭の下にあった荷が(あら)わになり、鼻をひくつかせながら犬はめざしを咥える。
 
 と、何処から見ていたものか、猫が体当たりして獲物を奪いさる。追いかける犬。

 山道を急いできたらしい男が、木の根元に転がっている男に目を留める。急に動きがゆっくりとなり、長兵衛の全身を()め回す。
 抜きあし、さしあし。
 荷へと手が伸びる。

 鴉が羽ばたき、猫が駆け抜け、犬が吠え。
 ちっ。
 つむじ風のように消える男。

 目を覚ましてみると、ふところのあたりが乱れ、荷があさっての方を向いている。
 こりゃあ、おまえさんたちの仕業かい。
 長兵衛は立ち上がると土を払い、めざしを一本ずつくれてやった。

 もう、蝉の止む時刻である。


<了・連作短編続く>
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