第26話 風待草 - 東風解凍(はるかぜこおりをとく)

文字数 424文字

 長兵衛が風呂敷の結び目を解くのを、源兵衛は面白そうに眺めた。
 金兵衛さんは、この留紺(とまりこん)をそれは気に入っておいででして。大切なものはこれで運ぶよう、仰るのでございます。
 これは私としても会心の染めでしたな。
 現れた酒に、源兵衛は破顔した。
 長兵衛さん。ちょっとここを手伝うて、そのあと一緒にやりませんかな。

 二人は染め物小屋から、隣の庵へ移る。
 私はね。色に包まれているのが心地良いのです。だから反物屋を隠居して染め物を始めた次第で。たとえばこの、夜になりきるまえ、ほんのひとときの群青色。濃さの変わっていくありさまは、眺めて飽きることがありません。
 美しいと思うた色を、まんまであらわしてみたい。近づいたり遠ざかったり、その繰り返しです。

 鼻腔を抜けていく酒の、少しずつ変わってゆくさまを源兵衛は心ゆくまで味わう。
 その香りを揺らすもの。
 春を連れてくる風。
 風を待っている花。
 
 もう梅が咲きましょうや、と長兵衛の声がした。

<了・連作短編続く>

 
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