第75話 踊(おどり) - 寒蝉鳴 (ひぐらしなく)
文字数 423文字
ひぐらしが止んでしばらく、群青色があたりを支配する。
金兵衛の屋敷では、久兵衛が縁側に胡座をかいて雲のぼんやりと白い流れを眺めている。
蝋燭から提灯に火を移すと、金兵衛は幼馴染の隣に腰をおろした。なにを語るでもない、ただ、静かに過ごす。
青の色はそろそろと濃く、風はやさしくなる。
やもめ二人、今宵ばかりは酒を呑まぬ。
りーん。
おりんの響きが透きとおり、空はいよいよ深くなる。
仏壇の前で手を合わせていた銀兵衛と長兵衛が無言のままするする、と庭へ降りた。
懐から黒塗りの横笛をとりだし、久兵衛は細く長く息を吹き込む。
おとは、高くも低くも、重くも軽くもなく、ただ線香の煙と混じり合う。銀兵衛が右の手を天を向ければ、長兵衛は右の足を少し前へ。その足が地につけば左の手が天へ。二人は交互に手足を操り、音を掬うかのようにゆっくりと舞う。
空には精霊馬や牛がかえってゆく道が口を開け、漂う笛の音を連れて、やがて薄れて消えてゆく。
<了・連作短編続く>
金兵衛の屋敷では、久兵衛が縁側に胡座をかいて雲のぼんやりと白い流れを眺めている。
蝋燭から提灯に火を移すと、金兵衛は幼馴染の隣に腰をおろした。なにを語るでもない、ただ、静かに過ごす。
青の色はそろそろと濃く、風はやさしくなる。
やもめ二人、今宵ばかりは酒を呑まぬ。
りーん。
おりんの響きが透きとおり、空はいよいよ深くなる。
仏壇の前で手を合わせていた銀兵衛と長兵衛が無言のままするする、と庭へ降りた。
懐から黒塗りの横笛をとりだし、久兵衛は細く長く息を吹き込む。
おとは、高くも低くも、重くも軽くもなく、ただ線香の煙と混じり合う。銀兵衛が右の手を天を向ければ、長兵衛は右の足を少し前へ。その足が地につけば左の手が天へ。二人は交互に手足を操り、音を掬うかのようにゆっくりと舞う。
空には精霊馬や牛がかえってゆく道が口を開け、漂う笛の音を連れて、やがて薄れて消えてゆく。
<了・連作短編続く>