第81話 秋雷 <白露>
文字数 651文字
地蔵さんの前を過ぎると、じりじりと登りがきつくなる。
天を仰ぐと、鳥が群れなして過ぎるところであった。歩けば首筋より汗が滴るとはいえ、もう渡りの時期が来ている。
長兵衛は手拭いをしまうと、山へ入ってゆく。
向こうの木立で動くものがある。
銅十郎ではないか。
声をかけると坊は立ち止まって手を振る。足元には赤茶色い犬が一匹。
長兵衛がしゃがんで手招きすると、犬は銅十郎の後ろに隠れてしまう。
春に拾った仔犬さね。大きくなったろ、よそのもんには懐かないよと坊は歯を見せて笑う。
長兵衛は山道から逸れて欅 の大木へ辿り着く。
洞うろはふくろうの住処 となっておるから、少し離れたところから頭 を垂れ目を閉じる。
もうすぐお社で祭りをいたします。ご挨拶の役を担って参りました。どうぞよろしゅうに。
ごろごろごろ。
遠くより鳴りわたり、あたりが暗くなる。
ごろごろごろ。
銅十郎と犬が一心に駆けてくる。
空が割れて、欅が白くなったり黒くなったりする。
ぴか、ごろごろごろ。
犬がくうくうと鼻声をだす。
なに、心配は要らぬ。
長兵衛がしゃがむと銅十郎と犬が身を寄せてくる。右に坊、左に若犬、背をゆっくりさすっていると、両の手に伝わる息遣いが静まってゆく。
稲妻さまにはご機嫌うるわしく、今年も豊作ぞ。
話して聞かせるうち、長兵衛にくっついていた銅十郎の顔がもちあがる。よう光る、な、長兵衛さん。
ごろごろごろ。
犬はくるりと回って長兵衛に尻をあずけると、
お、おーん。
いささか、勇ましく吠えた。
<了・連作短編続く>
天を仰ぐと、鳥が群れなして過ぎるところであった。歩けば首筋より汗が滴るとはいえ、もう渡りの時期が来ている。
長兵衛は手拭いをしまうと、山へ入ってゆく。
向こうの木立で動くものがある。
銅十郎ではないか。
声をかけると坊は立ち止まって手を振る。足元には赤茶色い犬が一匹。
長兵衛がしゃがんで手招きすると、犬は銅十郎の後ろに隠れてしまう。
春に拾った仔犬さね。大きくなったろ、よそのもんには懐かないよと坊は歯を見せて笑う。
長兵衛は山道から逸れて
洞うろはふくろうの
もうすぐお社で祭りをいたします。ご挨拶の役を担って参りました。どうぞよろしゅうに。
ごろごろごろ。
遠くより鳴りわたり、あたりが暗くなる。
ごろごろごろ。
銅十郎と犬が一心に駆けてくる。
空が割れて、欅が白くなったり黒くなったりする。
ぴか、ごろごろごろ。
犬がくうくうと鼻声をだす。
なに、心配は要らぬ。
長兵衛がしゃがむと銅十郎と犬が身を寄せてくる。右に坊、左に若犬、背をゆっくりさすっていると、両の手に伝わる息遣いが静まってゆく。
稲妻さまにはご機嫌うるわしく、今年も豊作ぞ。
話して聞かせるうち、長兵衛にくっついていた銅十郎の顔がもちあがる。よう光る、な、長兵衛さん。
ごろごろごろ。
犬はくるりと回って長兵衛に尻をあずけると、
お、おーん。
いささか、勇ましく吠えた。
<了・連作短編続く>