第67話 蓮見 - 蓮始華 (はすはじめてひらく)

文字数 409文字

 手前どもの寺には、池がございませんもので。
 和尚さんが、襖を指さされる。代わりに、これを。
 描かれてあるのは大きく開いた蓮の花、ふっくらとした蕾。凛とのびた茎の上に鎮座しているさまが、水墨で。
 本物には叶いませぬが。こうやって日が高くなっても花を愛でられるは、襖絵の良いところでございます。
 和尚さんは、そう言って微笑まれた。

 花は白であろうか、紅いであろうか、長兵衛はしばし考える。目を閉じて映し出そうとすると、甘い蓮の香りが漂ってくる。きっと、風がそよいでおるのだ。その風は葉を揺らしておるであろう。池ではさざなみが遊んでおるだろう。緑、白、紅、日の光が絡み合い、水面のあちらとこちらでは異なった色合いを生み出す。
 刹那、極彩色の夢幻に包まれている天地が見えたようであった。

 本物には無いものが見えるも、良いところのように思いまする。
 長兵衛がそう申し上げると、和尚さんはゆっくりと頷かれた。


<了・連作短編続く>
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