第54話 一夜酒 - 蚕起食桑 (かいこおきてくわをはむ)

文字数 429文字

 ひい、ふう、みっつくださるか。
 源兵衛は甘酒売を呼び止め、長兵衛にもこちらへと手招きする。染め物の洗いまでが、一段落したところである。
 生き返った心持ちでございます、と長兵衛は礼を言う。
 おかげで、金兵衛さんのお頼みの品、うまいこといきそうですよ。干すのが楽しみですわ。源兵衛は反物屋の隠居、道楽で染め物を楽しんでいる。
 ささ、もう一杯買うてあります、これもぐいっとおやんなさい。

 まことにいい梔子(くちなし)色ですな。深みがあって、この黄は、いやなかなか。
 金兵衛は反物を眺めながら顔を綻ばせる。
 源兵衛の目には子供のような光がある。若い時分には、お蚕さんの世話をしに参ったものです。あの、いのちの布だと思えば、こちらも全霊で立ち向かいませんとな。

 支度が整いましてございます。
 長兵衛と銀兵衛が膳を運び入れてくる。
 これは、と源兵衛。
 ゆうべ、こさえてみましてな、と金兵衛。
 酒の前に、まずは一夜酒(ひとよざけ)
 男たちの笑い声で初夏の宴が幕を開ける。

 

<了・連作短編続く>
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