第78話 秋の色 - 綿柎開 (わたのはなしべひらく)

文字数 416文字

 言いつかった用事に思いがけず手間どった。
 長兵衛は早足で歩き出す。
 しばらくいくうちに、一面の稲穂も、遠くの山の木々も茜色を映し始める。刻々と変わる眺めに心を寄せていると、己も同じに染まっていくようだ。秋の色が、そこはかとなく迫っている。昼間は暑さに紛れているが、こうして日暮れになると、ようわかる。
 足元が見えにくく、歩みが緩くなってきた。宵闇が近い。そろそろ潮時であろう。
 稲架(はさ)小屋を背に、ごろりと横たわると長兵衛は目を閉じる。土熱(つちいき)れの名残がからだを包み込んだ。

 うとうとしてから、ふと目を覚ますと、更待(ふけまち)の月がのぼっておった。そのあかりを受けたものか、あちらが白く輝いて見える。
 からだを起こすとゆっくり歩み寄る。伸ばした手の先に、ふわりとしたものが触れた。月が地面におりたものであろうか、かように柔らかな心地とは。
 ようように目が馴染んでくると、綿の畠であった。

 これもまた秋の色、と長兵衛は独りごちた。


<了・連作短編続く>
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