第45話 踏青 〈穀雨〉

文字数 357文字

 小雨に閉じ込められた次の日は、一転、そこかしこが春のうらら。
 地は空を映し、(よもぎ)は青々と、ぺんぺん草の白き小花は星。
 烏野豌豆(からすのえんどう)押し合いへし合い、紅紫の花びらがちらちら。
 いずこからや蝶。
 舞う長兵衛。
 せっじゃいじゃ。

 たれもおらぬ野に音が澄みわたる。
 葉が擦れ合うも。
 みみずがのらりとするも。
 土竜(もぐら)欠伸(あくび)をするも。
 遠く四十雀(しじゅうから)の笛に合わせ、長兵衛は土を踏む。
 踏む、踏む、踏む。
 響きがからだを満たし溢れゆく。
 せっじゃいじゃ、せっじゃいじゃ。

 菜花を抜けた光がそこかしこを跳ねる。
 大葉子(おおばこ)の花穂が揺らぐ。
 白き月の昇る。
 長兵衛は風に浮き、(うつつ)を離れ、漂う。
 せっじゃいじゃ。
 右に左、上に下に、頭を手を足をうち振って。
 ああ、せっじゃいじゃ。


 長兵衛は歩き続ける。
 ただ、野を行くのみ。
 

<了・連作短編続く>
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み