第43話 花筏 - 鴻雁北(こうがんかえる)

文字数 424文字

 吉野の山桜は、夢かうつつかわからぬほどの見事さと聞きおよびます。行者(ぎょうじゃ)さんの御神木だけのことはあると。
 久兵衛は猪口を盆に置く。
 相手のことは知らぬ。たまさか蕎麦屋で同じときを過ごしている。
 ご覧になったことがおありとは、羨ましい限りですな。
 久兵衛の頬は、ほんのりと赤らんでいる。
 これも何かのご縁、勘定は(わし)が。さあ。
 
 鼻歌まじりに久兵衛は歩く。
 随分と散ったのう。源兵衛川に幾つも、花筏が浮かんでいる。
 その間をひょこ、ひょこと歩いているものがある。
 おい、長兵衛。そんなところで何をしておる。
 其奴はきっ、と首をすくめ。
 なんだ、お主らしくもないの。
 其奴は。
 飛び去ってしまった。
 小鷺(こさぎ)ではないか。久兵衛は笑い出した。

 どうなさいました。
 長兵衛に声をかけられ、久兵衛はしげしげと顔を見やると、もうひとしきり笑うた。
 いや、小鷺が花を()でおったものでな。

 (かり)は、見向きもせず帰っていきましたな、と長兵衛はこたえた。
 

<了・連作短編続く>
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