第47話 御玉杓子 - 霜止出苗(しもやみてなえいずる)

文字数 428文字

 苗代田に水が張られた。
 畦道(あぜみち)に草どもがゆらぐ。水面に映された雲が、流れたりちぎれたり、お天道様の大きな手が差し伸べられて光が跳ねたり。
 長兵衛は深く息を吸い込む。土の匂いが一段と濃くなったように思われる。
 ひとつきもすれば若苗が伸び、柔らかくも腰の据わったあの色に、またお目にかかれる。

 長兵衛さん。
 おお、銅十郎ではないか。また、背丈が伸びたようだのう。
 坊の隣で赤茶色の犬が、わんと吠えて代わりに返事をする。
 銅十郎の右の手が、ぴんと音をたてて田を指差す。見たかい、あれを。
 まだ、苗は育っておらぬように思うが、と首を傾げる長兵衛。
 ちがうよ、あれだよ。
 石ころかと思うたそれは、ひゅいひゅいと拍子をとりながら水の中を駆け巡っているのであった。
 さすがに、よう見えておるのう。もうこんなに、おたまじゃくしが(かえ)っておるのか。
 げこげこ、と代わりに返事がある。

 豊作じゃ、と叫ぶと銅十郎は走り出す。その後ろを犬と、影法師が追ってゆく。

<了・連作短編続く>
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