第32話 堅香子(かたかご)- 草木萠動(そうもくめばえいずる)

文字数 424文字

 おい、銅十郎。
 坊は背を向けたままでものを言わぬ。銀兵衛は近づくことはせず、もう一度呼んでみた。
 銅十郎よ。
 坊の背はぐっと丸められ、両の拳は固く握りしめたままで。
 木を。それだけ言うと、ひくひくと肩を上下させた。ぽたりと地面にこぼれるものがある。足元で赤茶色の犬が鼻を鳴らす。
 (あに)いに(なら)って、木を。でもうまく切れなんで、兄いに斧を取り上げられてしもうて。あとは全部兄いが。
 まだ、頭一つ小さい後ろ姿へ銀兵衛は語りかける。
 のう、銅十郎よ、斧を使うにはじっと力と技を蓄えねばならぬのであろう。
 はじめの年は芽だけで(しま)い。次の年には葉が一枚出るが、それで終い。次もまた次も。そうして何年も過ごして、ようやく葉が二枚になって、花がくる。お前の兄いも、そういうときを過ごしてきたのだと思うぞ。
 目の前になだらかな紫色の斜面、一面の堅香子。

 まあ、饅頭でも食わぬか。
 長兵衛が後ろから声をかけると、坊は手の甲で目を拭って振り向いた。

 <了・連作短編続く>
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