第64話 烏柄杓 - 半夏生(はんげしょうず)

文字数 423文字

 つい五、六歩先を、ひょこ、ひょこと。
 かと思えば、近くの枝で、かあ、かあ、などと。
 長兵衛が鳥居をくぐると、其奴は、お先と言わんばかりに手水舎にいて、黒い(くちばし)柄杓(ひしゃく)をこん、こんと打つ。
 うむ、手や口を清めよというのか。そのくらい儂も知っておるぞ、と声をかけたが、こん、こんと打っておる。

 宮司さんが手招きされる。もしやどなたか、具合を悪うされておりますか。
 あの、一人住まいの婆さまが、ちとばかし。
 宮司さんは頷くと、これを届けておあげなさい、と半夏(はんげ)の根茎をくだされた。

 婆さまはすっかり癒え、お社さんへ参られた。神さんと仏さんのおかげで、と礼を述べられる。
 宮司さんが愉快そうにはっはっ、と笑われた。
 あの、半夏のひょろりと長いを、仏炎苞(ふつえんほう)といいますよ。婆さまが、きょとんとしている長兵衛に教えてくださる。
 半夏は、またの名を烏柄杓といいますよ。宮司さんも、教えてくださる。

 まさか、と思う長兵衛の右後ろで、かあ、かあ、と。

<了・連作短編続く>
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