第66話 日月清明 - 温風至(あつかぜいたる)

文字数 430文字

 小雨があがった
 川べりの紫陽花の葉先、光を刎ねながら雫が落ちる。花の方は盛りを過ぎ、一回り小さく、水は垂れもせず留まっている。
 巡る日々のひととき。

 そろそろ、白い風がくる。
 天色の空は碧く変わり、どこまでも深みを増してゆく。
 陽の目はいちめんに地に注ぎ、雲は福々と滲みなく浮かぶ。
 夕べの月や星は、遠くにあって暑さを知らぬかのよう。
 あるがままに切り取るのが菓子だと、儂はそのようなことを思うてきた。
 安兵衛は、倅にのれんを譲り渡した店を向こう岸より眺める。

 いつも、ご贔屓にありがとうござります。
 若安兵衛がお辞儀をして長兵衛を見送ってくれる。夏の菓子がお目見えとあって、大家の金兵衛に遣いに出された。
 金兵衛、弟子の銀兵衛、金兵衛の幼馴染の久兵衛から、ほうっ、とため息が漏れる。
 透けるような薄緑色が、ゆら、と手招きしてくる。甘さと共に微かな酸味が喉を過ぎ、遅れて梅の香りが。
 長兵衛はしばし息を止め、体中に香りが満ちるにまかせた。

<了・連作短編続く>
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