第59話 螢袋 - 腐草為蛍 (くされたるくさほたるとなる)

文字数 438文字

 鳴らない釣鐘とはなんぞや、と長兵衛は腕を組む。
 隣で久兵衛(きゅうべえ)が、不思議そうな顔をする。
 いや、銅十郎になぞをかけられて、解けずにおるのです。長兵衛がこたえると、久兵衛は大声で笑うた。
 あやつ、兄弟子にさような(たわむ)れを。
 長兵衛は、金兵衛の二番弟子。銅十郎は十二の歳を迎え三番弟子になったばかり。

 と、いうのだがお主、わかるか。
 (さかずき)を口へ運びつつ久兵衛は金兵衛に尋ねる。二人は幼馴染で、たびたび酌み交わしておる。
 近くに釣鐘はないが。晦日(みそか)の百八つの寺は、随分と離れておるし、と金兵衛。
 それはそもそも鳴るのであろう。音の出ぬ鐘とは、いかに。
 ううむ。

 おおい、参ったぞ。川べりに、蛍が出ておったわ。見とれていたら遅うなった。
 もう一人の幼馴染、菓子屋の大旦那安兵衛の声がする。
 それよ。久兵衛は膝を打つ。ここにあるこの釣鐘であろう。

 床の間に活けられた薄紫の花が、夕ぐれにほうっと浮かんでいる。
 蛍袋(ほたるぶくろ)とは風流な。
 安兵衛には、二人が笑うておるのがなぞである。
 

<了・連作短編続く>
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