第72話 糸蜻蛉 - 大雨時行(たいうときどきふる)

文字数 425文字

 土の匂いがたちのぼったかと思えば、雨粒が地面を叩きつけ始めた。みるみるうちに、先を競うように庵の(ひさし)から水が落ちてゆく。
 よう育った入道雲は、こうして雨に変わる。暑い暑いといいながらも、たがうことなく季節は巡る。

 ほどなく、蜘蛛がほっとしたように姿をあらわし、草木をすべりながら水が光る。源兵衛は隣に建てた染め物小屋へと向かう。早々に反物屋ののれんを譲り、道楽の染め物に没頭する日々である。
 おやまあ、長兵衛さん。
 しばらくぶりの夕立にございましたな、源兵衛さん、軒下をお借りしておりました。
 そのご様子では、雨宿りの甲斐がありませんでしたな。ちょっとこちらへ。

 白地に藍色の糸蜻蛉。なかなかにお似合いだ、これでお帰りなさい。
 まこと、かたじけないことでございます。
 いえ、長兵衛さんが着て歩いてくだされば、源兵衛染の評判が立つというものです。

 いなせな後ろ姿が川べりに小さくなる。足元には、ゆらゆらと誘いかけるように舞う糸蜻蛉。

<了・連作短編続く>
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み