第37話 風車 〈春分〉

文字数 808文字

 風車(かざぐるま)売りが来ておる。
 藁苞(わらづと)に挿されたいろいろがからからと回るは、一斉に花が咲いたようだ。
 子らが荷台を取り囲み、瞳にとりどりの色が映り込んで光を放つ。
 手水舎(ちょうずや)のあちら側に置かれた大きな石にもたれかかり、長兵衛はなんとはなしに眺める。うららかな日差しに背が温い(ぬくい)
 勢いよく走ってきて振り向き、おっかさんを呼ぶ子。二人してみるみる笑顔になり、気に入りを選び始める。
 こちらは親の後ろから顔だけをのぞかせ、はにかみながら指差す。
 抱かれた幼子の両手に、じいばあが一本ずつ持たせようとする。

 あちらでは泣き声があがる。
 見るだけだって言ったでしょう。
 あの、いちばん、ちいさいの、で、いいから。
 だめだめ。
 大きな声で喚くでも、地面に転がるでもなく、ひくひくと訴える様がいじらしい。いつも聞き分けのいいのが、周りの子らの(はな)やぎに、こらえられなくなったのであろう。
 うちにはお(あし)がないんだよ。おとっつぁんが元気におなりになるまで、辛抱しておくれね。

 わしが一つ買うて渡してやるのはどうだろう。泣き止んで、笑うてくれるのではなかろうか。
 施しを受けるようで、おっかさんは気を悪くなさるだろうか。
 ひとさまの子のことに、わしが関わるは烏滸(おこ)がましいであろうか。
 いや、袖擦り合うは多少の縁、ということもあるではないか。
 逡巡(しゅんじゅん)しているうちに、子は手を引かれてあちらへ行ってしまう。
 慌てて追う長兵衛。

 あれ、泣いてるの。
 鳥居を回って遊んでいた、ちとばかり歳上の娘二人が母娘に駆け寄る。
 言ったじゃない、見たら欲しくなるって。
 そうよ、だからあたしたちはここで待っていたのよ。

 ああ、わしは。
 長兵衛は手のものをそっと隠す。
 しばらく歩くと、地蔵さんが見えてきた。一番背の低い地蔵さんの隣に、それをしっかりと差す。
 よだれかけの脇で、赤い風車が回る。さりさり、かたかた。
 拍子をあわせるようにホトケノザが揺れた。

<了・連作短編続く>
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