さよなら茶トラ先生、そして…
文字数 1,879文字
それからぼくらは茶トラ先生の家へ着き、ぼくは田中先生からもらった薬を、妹はAコープの袋に入った茶トラ先生の骨と灰を持って、車から降りた。
もう、夕暮れ近かった。
「茶トラ先生、どうしようか?」
「それは難しいいわね」
「もしタイムエイジマシンで、ぼくらの時代へ連れて帰っても、茶トラ先生、元には戻らないのかな?」
「それは…、それは、死というものは不可逆的なものなのよ」
「不可逆的?」
「決して元には戻れないということよ」
「そうだよね。死んだ人が生き返るわけないよね」
「一度、骨と灰になってしまったら、茶トラ先生の体を作っていた、筋肉や内臓や脳なんかの物質は、空気中や土の中や、いろんなところに散らばってしまうの。たぶん先生は亡くなってもう何十年もたっているだろうから、きっと海まで流れているでしょうね」
「海まで?」
「そうよ」
「そうなんだ…」
「だからこの袋の中にあるのは、茶トラ先生の一部に過ぎないの。それをエイジマシンで過去に戻したとしても、元の茶トラ先生に戻るとは、とても思えない」
「そうだよね。じゃ、どうすればいいの?」
「それはとても難しい問題よね」
「そうだよね…」
「だけど、私は…」
「何?」
「私は、茶トラ先生が愛したこの土地に、この骨と灰を埋めてあげるのがいちばんじゃないかとも思うの」
「埋める?」
「うん」
「埋める…」
「それ以外にないでしょう?」
「…」
「だってそうしてあげることは、茶トラ先生にとって、いちばん幸せなことじゃないかしら」
「…そうか、そうかも知れないね」
「そうよ。きっとそうよ!」
「そうだね。じゃ、どこに埋めようか」
「あのミカンの木の根元は?」
「あれれ、茶トラ先生の家の庭に、ミカンの木なんてあったっけ?」
「茶トラ先生が、いつの時代か分からないけれど、ここに植えたのじゃないのかしら?」
「そうかも知れないね」
「じゃ、そこに埋めましょうよ」
そうしてぼくらは茶トラ先生の骨と灰と服を、庭にあるそのミカンの木の根元に、穴を掘って埋めた。
そして二人で手を合わせた。
さよなら、茶トラ先生。
安らかにお眠りください。
それからぼくらは朽ち果てた実験室へ戻り、ぼくは一人でタイムエイジマシンの時間をセットして、連動しているのなら必要ないのかもしれないけれど、年齢もセットした。
そして妹に「それじゃ」と言って、マシンに乗り込もうとしたけれど、一つだけどうしても聞きたいことがあったので、それで振り返り、妹に聞いてみた。
「あの…、ぼくって、この時代、一体何をしているの?」
「それって教えていいの?」
「茶トラ先生の話から考えると、多分いいと思うよ。ぼくの未来のことだから」
「ほんとう? でもお兄ちゃんが安心してしまって、努力しないといけないから…」
「いいよいいよ、努力する。心配するな。絶対努力するから。だから教えて!」
「本当に努力する?」
「もちろんだよ!」
「そう。じゃ言うわ。アメリカのNASAで宇宙飛行士よ」
「本当? すげえ!」
「で、今頃は火星の基地でキャプテンをしているはずよ」
「ぼくが火星だって? なるほどね。ここでぼくとぼくが鉢合わせしないわけだ」
「そうね。だけどお兄ちゃんとはなかなか会えないから、だから今日また会えて、とてもうれしかった」
「ぼくもうれしかったよ」
「お兄ちゃんが火星から帰ってきたら、またいろんな話が出来るよね」
「そうだね。だけどぼく、まだ火星へ行っていないから、何だか実感がないな」
「まあ、それはそうでしょうね。でも、とにかく、努力して火星へ行くのよ!」
「了解!」
「それじゃ、お兄ちゃん、元気でね」
「うん。おまえも、仕事がんばるんだぞ!」
「わかったわ」
それからぼくはタイムエイジマシンで、ぼくが住んでいる時代へ戻った。
ぼくは十二歳にも戻っていた。
それでぼくは、マシンの中に置いてある小さなかごから子供の服を取り、それに着替え、そして外に出た。
そこはいつもの茶トラ先生の実験室だった。
床やテーブルの上のほこりもなく、いろんな機械もきちんと置いてあった。
何だか、茶トラ先生がまだ生きているような気がした。
だけど五十年後、あのミカンの木の根元に骨と灰を埋めたから、茶トラ先生にはもう会えない。
そう思うとぼくは、とても悲しい気持ちになった。
実験室の中を見ていると、何だか茶トラ先生がいるような気がして、とてもつらかった。
茶トラ先生の、あの陽気な声が実験室にひびいていても、少しもおかしくない。
そんな気がして、だからぼくは、とてもつらかったんだ。
と、庭から誰かの声がした。
「おーい、誰か、ここから出してくれ!」
もう、夕暮れ近かった。
「茶トラ先生、どうしようか?」
「それは難しいいわね」
「もしタイムエイジマシンで、ぼくらの時代へ連れて帰っても、茶トラ先生、元には戻らないのかな?」
「それは…、それは、死というものは不可逆的なものなのよ」
「不可逆的?」
「決して元には戻れないということよ」
「そうだよね。死んだ人が生き返るわけないよね」
「一度、骨と灰になってしまったら、茶トラ先生の体を作っていた、筋肉や内臓や脳なんかの物質は、空気中や土の中や、いろんなところに散らばってしまうの。たぶん先生は亡くなってもう何十年もたっているだろうから、きっと海まで流れているでしょうね」
「海まで?」
「そうよ」
「そうなんだ…」
「だからこの袋の中にあるのは、茶トラ先生の一部に過ぎないの。それをエイジマシンで過去に戻したとしても、元の茶トラ先生に戻るとは、とても思えない」
「そうだよね。じゃ、どうすればいいの?」
「それはとても難しい問題よね」
「そうだよね…」
「だけど、私は…」
「何?」
「私は、茶トラ先生が愛したこの土地に、この骨と灰を埋めてあげるのがいちばんじゃないかとも思うの」
「埋める?」
「うん」
「埋める…」
「それ以外にないでしょう?」
「…」
「だってそうしてあげることは、茶トラ先生にとって、いちばん幸せなことじゃないかしら」
「…そうか、そうかも知れないね」
「そうよ。きっとそうよ!」
「そうだね。じゃ、どこに埋めようか」
「あのミカンの木の根元は?」
「あれれ、茶トラ先生の家の庭に、ミカンの木なんてあったっけ?」
「茶トラ先生が、いつの時代か分からないけれど、ここに植えたのじゃないのかしら?」
「そうかも知れないね」
「じゃ、そこに埋めましょうよ」
そうしてぼくらは茶トラ先生の骨と灰と服を、庭にあるそのミカンの木の根元に、穴を掘って埋めた。
そして二人で手を合わせた。
さよなら、茶トラ先生。
安らかにお眠りください。
それからぼくらは朽ち果てた実験室へ戻り、ぼくは一人でタイムエイジマシンの時間をセットして、連動しているのなら必要ないのかもしれないけれど、年齢もセットした。
そして妹に「それじゃ」と言って、マシンに乗り込もうとしたけれど、一つだけどうしても聞きたいことがあったので、それで振り返り、妹に聞いてみた。
「あの…、ぼくって、この時代、一体何をしているの?」
「それって教えていいの?」
「茶トラ先生の話から考えると、多分いいと思うよ。ぼくの未来のことだから」
「ほんとう? でもお兄ちゃんが安心してしまって、努力しないといけないから…」
「いいよいいよ、努力する。心配するな。絶対努力するから。だから教えて!」
「本当に努力する?」
「もちろんだよ!」
「そう。じゃ言うわ。アメリカのNASAで宇宙飛行士よ」
「本当? すげえ!」
「で、今頃は火星の基地でキャプテンをしているはずよ」
「ぼくが火星だって? なるほどね。ここでぼくとぼくが鉢合わせしないわけだ」
「そうね。だけどお兄ちゃんとはなかなか会えないから、だから今日また会えて、とてもうれしかった」
「ぼくもうれしかったよ」
「お兄ちゃんが火星から帰ってきたら、またいろんな話が出来るよね」
「そうだね。だけどぼく、まだ火星へ行っていないから、何だか実感がないな」
「まあ、それはそうでしょうね。でも、とにかく、努力して火星へ行くのよ!」
「了解!」
「それじゃ、お兄ちゃん、元気でね」
「うん。おまえも、仕事がんばるんだぞ!」
「わかったわ」
それからぼくはタイムエイジマシンで、ぼくが住んでいる時代へ戻った。
ぼくは十二歳にも戻っていた。
それでぼくは、マシンの中に置いてある小さなかごから子供の服を取り、それに着替え、そして外に出た。
そこはいつもの茶トラ先生の実験室だった。
床やテーブルの上のほこりもなく、いろんな機械もきちんと置いてあった。
何だか、茶トラ先生がまだ生きているような気がした。
だけど五十年後、あのミカンの木の根元に骨と灰を埋めたから、茶トラ先生にはもう会えない。
そう思うとぼくは、とても悲しい気持ちになった。
実験室の中を見ていると、何だか茶トラ先生がいるような気がして、とてもつらかった。
茶トラ先生の、あの陽気な声が実験室にひびいていても、少しもおかしくない。
そんな気がして、だからぼくは、とてもつらかったんだ。
と、庭から誰かの声がした。
「おーい、誰か、ここから出してくれ!」
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