地震発生の日

文字数 1,894文字

 その日はよりによって運動会だった。
 もちろん茶トラ先生からの緊急地震速報が来るまで、ぼくらもその日に地震が発生するなんて、思ってもみなかった。

 だから当たり前のように学校へ行き、お父さんとお母さんは後から弁当を持って学校へ来て、同じ地区の人たちのいるテントの中にシートを敷いて座り、ぼくらを見ていた。
 そして運動会は順調に進み、リレーや玉入れや踊りや、いろいろあった。

 ところで、例の緊急地震速報のための超小型無線機は、体操服のズボンのポケットにすっぽりと入るので、リレーで走るときだって全然邪魔にはならなかった。

 それから緊急地震速報は、無線機がブーと振動するようになっていたから、まあ、ケイタイのバイブ機能みたいなもんで、これも都合がよかった。

 そしてそれは運動会午後のプログラム、六年生の全員のダンス「マイムマイム」が始まろうとして、ぼくたちは入場門に集まり、列で並んでいたときだった。
 そのとき、体操服のポケットの中で無線機がブーと振動したんだ。

 それでぼくがデビルの方を見ると、デビルの無線機も鳴ったみたいで、ぼくらは顔を見合わせた。
 そしてぼくはとっさに列から離れ、先生のところへ行ってこう言った。

「先生! ぼく、うんこがしたくなっちゃった!」
 すると先生はあきれた顔で「え~、今からか?」と言ったけれど、ぼくが、
「もうもれそうです。やばいです!」と言うと、先生は、
「あきれた奴だ。だが、いまさらいけるもんか。トイレはダンスが終わってからにしろ!」ときっぱりと言って、それから先生と押し問答になった。

 するとデビルもやってきて、
「先生、おれもうんこ!」
と言うと、先生はあきれた顔で「何だ何だお前もか!」と言ってからきっぱりと「だめだ!」といったけれど、デビルが「じゃ、おならで我慢します」言って、それから豪快に一発ふり、そしてもう一発ふろうと尻を突き出していたら、先生は、
「わかったわかった。冗談じゃない。はた迷惑だ。二人とも速攻で行ってこい」と言ってくれた。

 そしてぼくらは運動場から校舎の方へとダッシュした。
 二人で一緒に走りながら話した。
「田中君、よくあんなにタイミングよくおならがふれるね」
「自由におならをふるのは、おれの数少ない特技だ」
「ほんとにあの豪快な一発で助かったよ」

 それから誰もいない教室へ行き、カバンから防護服を出し、そして誰もいない廊下を走り、二人ともトイレの個室に入り、中で大急ぎで体操服の上から防護服を着ることにした。

 運動場からはダンスの入場の曲に続いて、マイムマイムが流れ始めた。
 それでぼくは、前・横・後ろピョン♪と、曲のリズムに合わせて足踏みしながら防護服を着て、そして目出し帽をかぶった。
 たぶんデビルも同じことをやっていただろう。
 運動会の練習でさんざん踊ったからね。

 だけどそれから数分後、突然音楽が止まった。
 きっと茶トラ先生がタイムエイジマシンを作動させ、時を制御したのだと、ぼくは思った。

 それでぼくは個室から出て、声をかけたらデビルも防護服姿で個室から出てきた。
 そして運動場へ走ると、驚いたことにそこにいた人たちはみんな固まっていた。

 先生も生徒も、テントの中や外の父兄も。もちろんたくさんのお父さんが、ビデオカメラなんか構えて固まっていたし。

 それからマイムマイムを踊っているはずのぼくらの学年も、たくさんの輪になって、踊るような姿で固まっていた。

 よりによって、ピョンと宙に浮いたままで…

 つまり茶トラ先生がタイムエイジマシンで時を制御し、時の流れの速さを3600分の一に、つまりこの制御された世界での1秒が、制御されていないぼくらにとって1時間になっている。

 そしてゆりちゃんのピョンだって、多分ぼくらにとって30分くらい続くはずだ。
 とにかくそこは「スーパースロー」の世界だったんだ。
 そしてぼくはその不思議な光景に見入っていた。

 だけどそれから、デビルがマイムマイムの輪に入り、そしてゆりちゃんを見つけると、どんどん近づいていくのが見えた。

 もちろんそのときゆりちゃんも、両手を広げ、ピョンと宙に浮いて固まっていた。
 だけどそのときぼくは、茶トラ先生がこんなことを言っていたのを思い出したんだ。

〈制御された人間と、制御されていない、つまりわれわれとの間には大きな電位差がある。だからもしも両者が接触しようものなら、二人の間に大きな電流が流れ、それはとても危険な…〉

 それでぼくは大声をあげ、デビルを呼び戻した。
 そしてデビルはしぶしぶ戻ってきた。

 それからデビルと二人で、大急ぎで茶トラ先生のところへと向かった。
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