ぼくの家を偵察
文字数 2,302文字
だけどそのとき、とっさにぼくは、さっき自分の家で見たあの光景が、本当はぼくの幻だったらいいのになって思った。
そこには当たり前みたいにいつものぼくの家があって、ぼくは茶トラ先生に、
「先生ごめん。どうやらぼくのかんちがいだったみたい…」なんて言いたかったんだ。
だけど残念ながら、しっかりお通夜だった。
提灯も看板も受け付けも…
それから茶トラ先生が先に門から庭へ入った。
そして受付けで香典を渡し、テーブルに置いてあった紙にでたらめな名前を書き、
「え~、今回は、あ~、まことに大変なことになりまして…」なんて言ってから家の中へ入ろうとしたけれど、一度振り返るとぼくにも同じことをやれと目配せしたので、ぼくも香典袋に書いてあった、茶トラ先生が思いついたでたらめな名前を紙に書き、そして、「え~、今回は、あ~、まことに大変なことになりまして…」と、オームのように先生のまねをして、それから二人で家の中へ入った。
だけど何だか、どこか知らない人の家に入るような、不思議な感じだった。
ぼくの家は玄関から入って少し廊下を歩くと、左側に和室がある。
お通夜はその和室でやっていた。
そこにはすでに黒い服を着た人たちが何人も座っていて、その前に焼香台と、そのさらに前に、お父さんが入っているらしい棺おけ。
そして祭壇にはお父さんの遺影!
それを見てぼくは息を飲んだ。
(これは夢ではない。お父さんが死んだのは現実なんだ。だけど夢であってほしい。そうだ! これは夢だ! 夢だ夢だ夢だ…)
そのときぼくの頭の中では、いろんなことがごちゃごちゃになっていたんだ。
それから茶トラ先生が焼香して、振り返って目配せして、それでぼくも同じように焼香した。
そして茶トラ先生は左側の最前列にある、空いている座布団に座って、ぼくもそのとなりにちょこんと座った。
茶トラ先生は、「ここは職場関係者の席なんだぞ」と、ぼくに耳打ちした。
それからぼくらは、しばらく黙って座布団に座っていた。
ぼくらの右正面には、こちらを向いて左から順にお母さん、お父さんのお兄さん、つまりぼくの叔父さん、そしてぼく(!)、その隣に妹が座っていた。
座っている「ぼく」は十二歳のぼくだ。
そして、今ここに座っているこのぼくは、タイムエイジマシンで三十歳にされたぼくだ。
なんだかややこしい。
だけど、どうやらお母さんも「ぼく」も妹も、三十歳の姿のぼくのことには気付いていないようだった。
喪服なんかも着ていたし。
それに、そもそもそんなことに気付く心の余裕もなさそうだった。
みんな泣きべそかいて、この世の終わりみたいな顔をして座っていたのだから…
もちろんぼくもとても悲しくなって、涙がこぼれはじめた。
ぼくの目からこぼれた涙は、「染めQ」で塗装した喪服の生地の上をころころと転がった。
水をはじくみたいだ。
それからしばらくして、茶トラ先生は、喪主であるぼくのお母さんに話し掛けた。
「え~、今回は、あ~、誠に大変なことに…」
茶トラ先生は、お母さんから何かの情報を聞き出そうとしているように、ぼくには思えた。
だけどお母さんは泣きじゃくるばかりで、全く話をしなかった。
というか、話そうとしても声にならないようだった。
十二歳の「ぼく」もうつむいて黙っていたし、とにかくとても話を聞き出せるような雰囲気ではなかったんだ。
だけどしばらくして、お母さんが、
「あ~、あんなパーティーさえ開かなければ…」と、つぶやいた。
それで茶トラ先生は、
「あんなパーティーさえ…、申しますと?」
と、お母さんにたずねてみたけれど、お母さんはとうとう大泣きを始め、全く会話が出来ない状態になってしまったんだ。
ところが、たまたまぼくらの後ろに座っていた会社の同僚らしい男の人が、茶トラ先生に耳打ちした。
「契約のことですよ」
それで茶トラ先生がきき返した。
「契約…、といいますと?」
「それは…」
だけどそこまで言うと、その人もまた、黙ってしまった。
それからしばらく、とても気まずい時間が過ぎて、そしてその耳打ちした人が「それではこのへんで…」と言って立ち上がり、お母さんたちにお辞儀をし、もう一度焼香して、それからもう一度お母さんたちに深々とお辞儀をし、そして和室を出て廊下から玄関へと向かった。
それを見た茶トラ先生はあわてて、「それでは私たちもこのへんで…」と言って立ち上がり、お母さんたちに深々とお辞儀をし、だからぼくも速攻で立ち上がり深々とお辞儀をし、ぼくらもあわただしく焼香して、またお辞儀をして、それから和室を出た。
それから茶トラ先生はダッシュして、耳打ちしてくれた人を追いかけた。
茶トラ先生は歳に似合わずとても素早かった。
そして庭の辺りですぐにその人に追いつき、それからその人に話し掛けた。
茶トラ先生は、
「あ~、もしもし。もしよろしければ、少々お話をうかがわせていただいても…」
とか言って、さも自分がお父さんの会社の取引先の人間であるかのようなふりをして、その人にお父さんが死んだ理由を根掘り葉掘り聞き始めたんだ。
それから茶トラ先生とその人は、ぼくの家の庭先でしばらく立ち話をした。
そして茶トラ先生は何と、お父さんが死んだいきさつを、あらかた聞き出すことに成功したみたいだった。
それからぼくらは、一度茶トラ先生の実験室へ戻った。
そして二人で作戦会議をしたんだ。
そこには当たり前みたいにいつものぼくの家があって、ぼくは茶トラ先生に、
「先生ごめん。どうやらぼくのかんちがいだったみたい…」なんて言いたかったんだ。
だけど残念ながら、しっかりお通夜だった。
提灯も看板も受け付けも…
それから茶トラ先生が先に門から庭へ入った。
そして受付けで香典を渡し、テーブルに置いてあった紙にでたらめな名前を書き、
「え~、今回は、あ~、まことに大変なことになりまして…」なんて言ってから家の中へ入ろうとしたけれど、一度振り返るとぼくにも同じことをやれと目配せしたので、ぼくも香典袋に書いてあった、茶トラ先生が思いついたでたらめな名前を紙に書き、そして、「え~、今回は、あ~、まことに大変なことになりまして…」と、オームのように先生のまねをして、それから二人で家の中へ入った。
だけど何だか、どこか知らない人の家に入るような、不思議な感じだった。
ぼくの家は玄関から入って少し廊下を歩くと、左側に和室がある。
お通夜はその和室でやっていた。
そこにはすでに黒い服を着た人たちが何人も座っていて、その前に焼香台と、そのさらに前に、お父さんが入っているらしい棺おけ。
そして祭壇にはお父さんの遺影!
それを見てぼくは息を飲んだ。
(これは夢ではない。お父さんが死んだのは現実なんだ。だけど夢であってほしい。そうだ! これは夢だ! 夢だ夢だ夢だ…)
そのときぼくの頭の中では、いろんなことがごちゃごちゃになっていたんだ。
それから茶トラ先生が焼香して、振り返って目配せして、それでぼくも同じように焼香した。
そして茶トラ先生は左側の最前列にある、空いている座布団に座って、ぼくもそのとなりにちょこんと座った。
茶トラ先生は、「ここは職場関係者の席なんだぞ」と、ぼくに耳打ちした。
それからぼくらは、しばらく黙って座布団に座っていた。
ぼくらの右正面には、こちらを向いて左から順にお母さん、お父さんのお兄さん、つまりぼくの叔父さん、そしてぼく(!)、その隣に妹が座っていた。
座っている「ぼく」は十二歳のぼくだ。
そして、今ここに座っているこのぼくは、タイムエイジマシンで三十歳にされたぼくだ。
なんだかややこしい。
だけど、どうやらお母さんも「ぼく」も妹も、三十歳の姿のぼくのことには気付いていないようだった。
喪服なんかも着ていたし。
それに、そもそもそんなことに気付く心の余裕もなさそうだった。
みんな泣きべそかいて、この世の終わりみたいな顔をして座っていたのだから…
もちろんぼくもとても悲しくなって、涙がこぼれはじめた。
ぼくの目からこぼれた涙は、「染めQ」で塗装した喪服の生地の上をころころと転がった。
水をはじくみたいだ。
それからしばらくして、茶トラ先生は、喪主であるぼくのお母さんに話し掛けた。
「え~、今回は、あ~、誠に大変なことに…」
茶トラ先生は、お母さんから何かの情報を聞き出そうとしているように、ぼくには思えた。
だけどお母さんは泣きじゃくるばかりで、全く話をしなかった。
というか、話そうとしても声にならないようだった。
十二歳の「ぼく」もうつむいて黙っていたし、とにかくとても話を聞き出せるような雰囲気ではなかったんだ。
だけどしばらくして、お母さんが、
「あ~、あんなパーティーさえ開かなければ…」と、つぶやいた。
それで茶トラ先生は、
「あんなパーティーさえ…、申しますと?」
と、お母さんにたずねてみたけれど、お母さんはとうとう大泣きを始め、全く会話が出来ない状態になってしまったんだ。
ところが、たまたまぼくらの後ろに座っていた会社の同僚らしい男の人が、茶トラ先生に耳打ちした。
「契約のことですよ」
それで茶トラ先生がきき返した。
「契約…、といいますと?」
「それは…」
だけどそこまで言うと、その人もまた、黙ってしまった。
それからしばらく、とても気まずい時間が過ぎて、そしてその耳打ちした人が「それではこのへんで…」と言って立ち上がり、お母さんたちにお辞儀をし、もう一度焼香して、それからもう一度お母さんたちに深々とお辞儀をし、そして和室を出て廊下から玄関へと向かった。
それを見た茶トラ先生はあわてて、「それでは私たちもこのへんで…」と言って立ち上がり、お母さんたちに深々とお辞儀をし、だからぼくも速攻で立ち上がり深々とお辞儀をし、ぼくらもあわただしく焼香して、またお辞儀をして、それから和室を出た。
それから茶トラ先生はダッシュして、耳打ちしてくれた人を追いかけた。
茶トラ先生は歳に似合わずとても素早かった。
そして庭の辺りですぐにその人に追いつき、それからその人に話し掛けた。
茶トラ先生は、
「あ~、もしもし。もしよろしければ、少々お話をうかがわせていただいても…」
とか言って、さも自分がお父さんの会社の取引先の人間であるかのようなふりをして、その人にお父さんが死んだ理由を根掘り葉掘り聞き始めたんだ。
それから茶トラ先生とその人は、ぼくの家の庭先でしばらく立ち話をした。
そして茶トラ先生は何と、お父さんが死んだいきさつを、あらかた聞き出すことに成功したみたいだった。
それからぼくらは、一度茶トラ先生の実験室へ戻った。
そして二人で作戦会議をしたんだ。
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